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人はよく、運が良いとか、運が悪いとか、そんなことを口にすることがありますが、果たして運とは何なのでしょうか?
中々その定義付けは難しいことのように思われます。
運命という言葉もありますけれども、運命とは一体、どんなことを意味するのでしょうか?
偶然の積み重ねの中に、生きる生活のスタイルがあるとして、その中で起こる出来事が全て運命だとするならば、一体運命とは、何を意味し、どこに向かっていくことになるのでしょうか?
そんなことを考え出してしまったならば、本当に訳が分からなくなってしまいます。

人生という道を歩いていたとしましょう。
曲がりくねりながら、一歩ずつ前に進みます。
人生という未知の定義付けは一つ、それは、絶対に後ろには戻れないということなのです。
 分かりやすくいうと、昨日間違えたことがあったとした時、昨日に戻って間違いを正すことが出来ないということなのです。
逆に、明日に向かって、間違いを正す方向に歩くしかないのです。
そんな人生の道を突き進んでいくと、やがて二股に分かれている道が見えてきました。
どちらの道を進もうか、そして、どちらが正しいのか、色々な事を考えます。
分かれ道の際まで来た時、立ち止まって、どちらにしようか迷ったとするならば、それはただの時間の無駄に過ぎません。
 なぜなら、その時点でどちらの道が正しいか悪いかは、分からないからなのです。
そんな無駄な時間を過ごすより、その分かれ道に達する前に、どちらかの道を選ぶ必要があるのです。
そして人生は、そのどちらの道を選んでも、それが間違いになったり、それが正しかったり、それは本人自身が背負う運によって決まってくるのです。
右の道も左の道も、条件は等しく平等なのです。
選んだ道を正しいと信じ、そこに運を運び込むことにより、その道は拓かれます。
そして、また歩いていくと、やがてまたまた二つに分かれた道と出合います。
その時も、どちらの道を行くのか迷うことは、時間の無駄に過ぎないのです。
自分が行こうとする道を早めに決め、決めた道に後悔せず、前に進むべきなのです。

何かことが起こった時に、この道を選んだ自分を責めてはいけません。
 なぜならば、もう一つの道を選んだとしても、条件が同じならば、起こりうる現象は必ず起こることになっているからです。
人生の道は、目の前に広がる全ての出来事の中で、本人が選んだ、ただ一本の道だからこそ、そこに色々な現象が起こってくるのです。
右左どちらの道も、二股に分かれて見えるのは、ただの錯覚に過ぎないのです。
心の迷いがあると、その道は二本にも三本にも四本にも見えます。
自分の意志が強ければ、何も迷うことはないのです。
自分の選んだ道を一歩進みだす時に、「よし!」と掛け声をかけながら、自分の背中に運を背負うことなのです。
その背負われた運が、目の前に広がる道を、明るく照らすのも暗くするのも、全て本人次第なのです。
人生の道は、何本も存在するかのごとく現れてきますが、それはただの迷いに過ぎないのです。
どの道を選んでも、背負った運により、人生が決まってくるのです。
自分の信じる信念を持ち、突き進むことが大切であり、人生に誤りなどは最初から存在しないのです。
 全て、自分が選び、自分が進んだ道だからこそ、逆に自分の意識により、自由に道は拓かれるのです。
ただ背負った運の重さが、違っただけに過ぎないのです。
必ず未来は、自分の意識によって、拓かれるものなのです。

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