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次元についての考え方には、大きな矛盾が生じています。
 何故なら、三次元までは説明が確定していて、誰もが知る範囲で理解されていますが、四次元、五次元、六次元と成って行くと、少し見解が分かれて来るからです。
 要するに、三次元以降は、観念的に作られた部分が大きく、仏様や神様を、次元で考えようとしたり、時間に対する認識に、特別な思いを持っているからです。
 また意識や意思に対しても、次元で説明しようとする考え方が、根強く存在してきています。
 ましてや、高次元界を美化し、憧れ的に思う人も沢山居ますが、果たしてそんなに甘いものか、どうかは分りません。
 現実と言う今を、どう抜け出せるかが問題と成り、次元を超える事が、不可能に成ってしまうのです。
 何故なら物質的に存在する三次元。そこに時間が絡んで来ると、逆に今が存在しなく成ってしまうからなのです。
 だからこそ、流れる時間の中で、移動し続ける今を、どう過ごすかが問題なのです。
 肉体を離れ意識は自由に旅が出来ます。ここに次元を超える仕組みが有り、ゼロ次元が大きく関わって来るのです。


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 私達の意識や感覚そして感性など、こう言った部分の情報を管理しているのが、勿論脳なのですが、一概にそうも言えない事が有ります。
 人間以外の生命体からのメッセージや、宇宙の振動等にも、かなりの影響を受けながら、日常生活を営んでいる事に、気付く事もあります。
 例えば突然の閃きや、訳も無く感じる不安。そして眠りの中で感じる、未知的な科学や、流れるメロディー。
 植物達との意識の交流から生まれた音楽の旋律は、心を豊かにしてくれます。
 鳥の囀りは、せせらぎの音は、そよぐ風も皆、私達には無くては成らない、自然の恵みなのです。
 だからこそ、人間も人間以外の、環境における全ての物に、与える影響を理解し、生きなければ成らないのです。

そんな事したら罰が当たるよと、子供の頃、よく言われませんでしたか。
 最近神事の好きな人に良く出会いますが、心の拠り所を求めて神様と対話しても、それはお門違いと思いませんか。
 宗教と神事は全く違うのに、一緒にしている人が居るのです。
 宗教はそこから色々な事を学び、心の安らぎや安心感、不安を取り除き邪気を払う。霊体の根本を教えから解き、静寂の中で己を知り、そして感謝しながら功徳を積む事により、拠り所と成って行くのです。
 神事はそうでは無く、道しるべを見出し、そこに向かい、役割と具体的な希望に願いをかけながら現実の物として行く。
 要するに、作物が豊富に実る様、また漁が無事かつ大量に行われる様、自然の中で営まれる色々な行為に対して、神が力を借してくれる様に、願い事をする。
 それなのに、奇跡を起こさせ自分が神と成り、他人を魅了させる事が、神への道と勘違いしている人が居るのです。
 触らぬ神に祟りなし。ずるい考えで神を利用しようとすると、祟りが起こり、惨めな結末を引き起こしてしまうのです。
 内なる神は自然との調和の中で存在し、生き方を悟らせてくれるのです。



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デルファトラ星の6人の科学者の1人です。
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