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何か人に欠点を言われると、とても嫌な気持ちがします。自分が間違っていると気付いても、それを人に言われると腹が立ってしまいます。
自分の中で他人からのメッセージや警告を受け入れる事が出来るならば、それはありがたいと注意として認識出来るのですが、もしそれを受け入れる事が出来なかったならば、単なる悪口としか聞こえないのです。心がもっと強ければ、そこを受け入れ、自分を変えようとします。でも間違いを正そうとするはずなのに悪口と捉えてしまったならば、今を変えたり、正そうとする考え方すら生まれてきません。逆にその人を憎み、嫌ってしまう事すらあるのです。
面と向かって言ってくれる人は、本当はとても大切な人のはずなのです。よく「言われなくなったら終わるよ」という言葉がありますが、その通りかもしれません。心にゆとりがあるならば、注意として受け止め、有り難い意見として自分を変える事が出来るのです。もし理解できない点があったなら、否定するのではなく知的に保留すれば、いつか役に立つ事があるのです。
楽な道を進むよりも、ちょっとだけ険しい道を選ぶ事も、勇気があれば出来るはずです。これからは、悪口と捉えず、注意として捉える事も必要かと思います。
出来るだけ言ってくれる人を大切にしましょう。
自分からは自分が見えません。人という鏡を通して、初めて自分が見えてくるのです。その鏡となる人に、そして間違いを教えてくれた人に、感謝しましょう。そこから逃げないで強くなって下さい。後は勇気だけです。 注意を悪口と捉えてしまう人は、注意しない人を良い人だと勘違いしてしまいます。そして、騙される事もよくあるのです。注意しないで、ニコニコしている人が良い人とは限らないのです。本当は分かっているのです。ただ、諦めたくなかっただけの事です。
私達人間の頭脳は、なんて素晴らしい能力を持っているのでしょうか。
今の人間の科学は光や音はデジタル化に成功し、情報を保存したりまた再生したりする事を可能にしています。しかし私達人間と比べたら、その能力はあまりにも低く、限界すら感じるそんな気がします。
私達の脳は光・音・味覚・嗅覚・触覚+複合的感触このほとんどは、コンピュータ以上のスピードで処理され脳に保存されます。目で見た光、耳で聞いた音、鼻で感じた匂い、手で触れた感触、食事の味わいは匂いと上手く情報共有しながら、目で見た美しさも配慮しながら、脳の中で情報は、幾重にも重なり合いながら組み立てられるのです。なぜこの様な事が出来るのか、それは親機が存在するからです。
植物達が季節を間違えずに花を咲かせたり、昆虫達が冬眠の準備に入ったり、鳥達が方向を間違えずに飛べる事も、自然界における色々な現象は、親機と子機の間で情報を共有化し、この変化に対応しているのです。
地球の中心には、その親機であるスペースコアが存在しています。そこで地球における全ての情報そして全ての現象、宇宙における法則までも管理されているのです。そして電離層に向け地球における情報は発信され、私達生命体が平等にその持つ子機で、受け取っているのです。生命体同士の情報の共有化が、生命維持のプログラムに添う様に成り立っています。
私達はその情報の共有化により、生き続ける事が出来るのです。親機から発信された情報を私達の脳はキャッチし、自然治癒力や免疫力を安定的に管理出来る様、操作されているのです。逆に言ったなら私達の脳は、親機と繋がっている以上、優れた情報をインストールする事は、容易く出来るはずです。その為には、自分の脳のメモリーを拡張しなければなりません。脳におけるメモリースペースは限られています。
だからこそ、在り方を変えなければいけないのです。特に情報記憶とその再生における新しいスペース確保が出来る様、情報の圧縮化が必要となるのです。そこに成功すれば今までの数億倍もの情報を、親機と共有する事が可能となるのです。
そのカギを握るのが、脳における生体水の在り方の中に答えがあるのです。決して不可能な事ではありません。
何気なく暮らしている毎日ですが、何か変だと思いませんか。
どこかがおかしい、でも何がおかしいのか分からない。しかしこのそわそわした感じは、どこからくるのでしょうか。何かが変わっていく、それが具体的でなく音も立てずに静かにでも、確実に動いている様な気がします。知らず知らずの内に人々の意識も、それに合わせる様に変わっているのかもしれません。
去年の今頃と、全く違う自分がここに居ます。人間関係も少しずつ変化し、新しい出会いと去りゆく人の狭間の中で、自分も変わっていくのでしょう。しかし今までの変化と違いどこか、心の隅に不安を感じるのはなぜなのでしょうか。社会現象以外の意識の中に、未来への不安ではなく、目の前に起ころうとしている形の無い現実に、怯えているのかもしれません。確かなものは何もなく、それを手に取る事も出来ない、触れない自分の心にくつろぎや安心感を求めても、虚しさだけが込み上げてきます。
やはり何か目に見えない、大きな力が働いているのかもしれません。私達が今この大宇宙の変革の中で、毎日を過ごしています。いよいよ意識の高次元化が起こっているのかもしれません。そこに付いて行ける人は良いのですが、ほとんどの人は歯がゆさばかりが先走り、追い付く事のないスピードに、ただ振り回されているだけかもしれません。
みずがめ座の移行は、人々を豊かな意識へと導いてくれるはずなのに、人々の意識が変わる事を拒んでいるかの様に思います。今までの楽しかった日々の思い出だけが先行し、未来への変化を要求しなくなったのかもしれません。こんな時、不安と共に勇気があれば、乗り越える事はさほど難しい事ではありません。誰もが思う事は、変化後の意識の方向性です。
必ず正しい方向へと導かれるとは限らないのです。過去の栄光やプライドが、邪魔をする事があるのです。一度全てを捨てる勇気があれば、それはさほど大きな問題とはなりません。しかし自分の過去にしがみついている人は、この変化には対応出来ないのです。
素直な心の持ち主がありのままを受け入れたなら意識は、確実に高い次元へと導かれる事でしょう。
今がチャンスである事を感じて下さい。