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 日常生活の中で、たまたま困った事や無理難題が発生する事があります。
 そんな時私達は、何かにすがるように誰かに相談を持ちかけます。それも極めて不可能な事と分かっていてもとりあえず、話してみようかと考えます。聞く側は話の途中で「そんなのダメよ」と言ってしまったならば、全てが終わりです。相手はあくまで、困った上での相談事です。中には、欲の世界で無理難題を通そうとする人も居ますが、そういう人ばかりではありません。
 本当に困った人が居た場合まず、最初にしなければならない事は、全部聞いてあげる事です。そして、相手の立場に立つ事です。相手の立場に立たなければ、何も分かりません。相手の立場に立った時、その深刻な悩みが自分の悩みと同化し、苦しみの中に共有した意識を持つ事が出来ます。「本当に困ったね」と自分の中でも相手の苦しみを理解する事になる。その上で解決方法がなくても、相手を納得させ安らぎの想いを与える事が出来るのです。
 そんな優しさの中で人間関係が繕われたならば、決して争いは起こらないはずです。相手の立場に立ち、無理な事でも一度は理解し、叶わない事であっても一緒に悩み、解決方法がなくても何か糸口を模索する事が、大切な事ではないでしょうか。初めからダメと分かっていても、不可能な事であっても、一度は全部聞いてあげて下さい。そこから、新たな人間関係が生まれてくる事でしょう。
 人間は本来、そうでなければならないのです。人間だからこそ、出来る事なのです。
 聞いてあげる事がどんなに大切な事か。いつか聞いてもらう立場になる時だってあるのです。
 

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 神社に行くと、必ず水社がありそして柄杓が置いてあり、手を洗ったり口をゆすいだりします。簡単な禊払いが、行われます。
 ここでは、まずみずにより清められ、色々な穢れが払われ、綺麗な形で神様への出会いを受けるのです。なぜ、ここで水により清められるのでしょうか。神と言う字を少し分けて考えると、「か」は「火」であり「み」は「水」を表すとよく言われております。その通りだと思います。火と水により、人は生かされているのです。勾玉を翡翠で造るのも、これもまた「火」と「水」を表します。
 右手・左手も右は「水の手」左手は「火の手」そして両手を合わせ、右手を一節引いて打ち鳴らし、その音を聞き、神は現れる。そして、願いを聞く事になります。こんな風に、水に関する考え方が多種多様にありますが、やはりその能力を持っていると、昔から考えられてきたのでしょう。水を侮る(あなどる)ではない、そんな気がしています。
 私達はこの水により、全てを見透かされているのかもしれません。しかし水の素晴らしさは、裁くだけではありません。それと同時に必ず、清めてくれます。生きる為の穢れや汚れを清めてくれるのは、その水です。穢れを払う事も、水によって行われてしまうのです。水は、みず、要するに自分を表します。「みずから」の「みず」でもあるのです。
 しかし、水はなんて素晴らしいのでしょうか。生きるもの全ての命の源であり、その透明な意識は、全てを包み、大地と宇宙と感応しながら、私達を清めてくれるのです。もっと水に感謝し、水を尊敬し、水を大切にしなければなりません。水により本性が明かされ、全てが清められたならば、それは決して裁きではないのです。未来に向かう、優しさではないでしょうか。
 水に私達人間が、弾き飛ばされないように気を付けたいものです。

 私達人間には、心があります。「心ってなんだろう」と深く考える事があります、。もしその心の扉を閉めてしまったなら、どれだけ違う世界が見えてくる事でしょうか。
 心があるから、人を好きになったり、悩んだり、欲しがったり、傷ついたり、想いが強くなればなる程心の負担は大きくなるのです。少し心の負担を軽くする為には、一度その扉を閉めてみてはいかがでしょうか。何もない世界、意識も、思考も、苦しみも、切なさも、喜びも、人恋しさも感じないそんな世界が広がります。無とは閉ざされた心の中に発する、最も安らげる時間を持つ事から始まります。
 人はすぐに頭の中に何か考えてしまう。心に反映し、思いが募る。そして、悩み苦しみ、怒り、自分さえ見失っていく。何の為に生まれたかさえも、分かろうとしない。ただ時間の流れにすがり、日々を過ごすだけの人生の中で、心の扉を開けたり閉めたり自由に出来るはずなのです。そして全ては無から始まり、無へと還っていく。
 一度全て心の扉を閉めた時、そこに繰り広げられる世界は、何も無い、何も感じない、さみしさも喜びも感じない。もちろん怒りも苦しみも。そして、少しだけその心の扉を開き、自分の心の行方を探してみてはいかがですか。必ず、そこには自然があり、優しさの中から心を探しましょう。そして、最も大切な事は、その心を受け入れてくれる、何かと出会う事です。
 それが人なのか、物なのかは別として。やはり、一人では生きていけないのです。繋がる心が見つかり、その心の出会いの中に自分を見つけた時、人は美しく羽ばたけるのです。悩む事など何もないのです。ただひたすら心の見守るだけで良いのです。
 答えは一つではありません。幾つもの答えが心を繋いでくれ、そこに安らぎがあったならば、それはそれで良いのではないでしょうか。

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