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目の前にいくらでも存在し、当たり前のように思っていた水が、突然地球から消えたら、皆さんはどう思うことでしょう?
そんな日が絶対に来ない、という保証はどこにもないのです。
何故ならば、水はたかだか、酸素と水素の化合物に過ぎません。
単体でかつ常温では、酸素と水素はどちらも気体であり、液体ではないのです。
その酸素と水素が引き合いながら、水という物質を作っていますが、私達はそこに余りにも関心がなさ過ぎ、当たり前に起こる現象を当たり前としか捉えていませんが、何故酸素と水素が引き合うのでしょう?
その法則はどこに存在するのでしょうか?
水が水でいられる定義付けは、非常に不可思議な存在ともいえるのです。
酸素は酸素、水素は水素でいた方が、どれだけ自分達にとって都合のいいことか知れません。
そんな中で、質量の違う1番目の水素と8番目の酸素が、仲良く手を取り合って、水として私達に恩恵をもたらしてくれるなんて、本来ならば夢のような世界なのです。
そして、液体になり気体になりそして固体になり、様々な形で私達の目の前に存在しますが、果たしてこれに対する私達の甘えは、いつまで続くことでしょうか?
地球の砂漠化が進み、太陽の暴走と共に地球は熱せられ、膨張と収縮の中で、水達も大いなる危機の中に今存在しています。
かつては、火星にも水があったといわれています。
何故、火星の地表にあった水が消えたのでしょうか?
答えは余りにも簡単すぎるところにあります。
要するに水分子の中の、酸素と水素が、お互いの存在を主張し、仲良く手を繋ぐことをやめたからに過ぎないのです。
それを、水におけるアレルギー反応といいます。
この、酸素と水素が引き合ってくれていることが、いかに不可思議で、現実離れしているのか、そのことを理解したならば、これから行われようとしている、第三のエネルギーとも言われる水素を、水から取ってはいけないことが解ります。
その水を分解し、酸素と水素の中を悪くし、アレルギー反応を大きくすることにより、水素というエネルギーは得られます。
人類は、そのことにおける科学はかなり進んでいて、もうそこを利用するエンジンさえも作られています。
これは人類への警告となることでしょう。
水にアレルギーという意識を植え込んでしまったならば、彼らは自ら水であることを拒否し、この地球から消えていく、そんなことが起こるのかもしれません。
かつて地球でも、そのような危機的なことが起こりました。
しかしながら一部の水は、そうならずにこの地球に留まったのです。
それはデルファトラの科学を使い、水のアレルギー反応を中和させ、現在に至っておりますが、一部は残念ながら、戻ることは出来なかったのです。
そこに残された記憶の中に、もう一度情報を入れ込んだならば、またあのときのように水はアレルギー反応を起こしかねないのです。
ただでさえ、水の汚染はかなり酷いものがあります。
酸素と水素が引き合うことを、出来なくさせるような出来事が、余りにも多いのです。
そのことを深く理解し、水のアレルギー反応を起こらせない方向へと、人類は歩むべきなのです。
これから起こる天変地異の中で、太陽の光による、また人間が作った科学の音により、水における水素の陽子が破壊され、そこから中性子が作られてきます。
その中性子が一つならばいいのですが、もし二つになったならば、もう人類は水を飲むことが出来ません。
そして酸素達が、手を取りながら、自分達の世界を築き上げてきます。
地球におけるオゾン層達も、そのような形で生まれていき、逆にそれを利用するように生命は進化したのです。
そうならないためにも、今が非常に大事な時といえるでしょう。
私達は今、優れた文明社会の中で、毎日を健康に過ごしているかのように思われていますが、そこに大きな落とし穴が存在していることに、まだほとんどの人は気付いていないのです。
かつて地球に起こった文明は、全て滅びました。
それは天変地異ではなく、ほとんどが自分達の科学によって滅びたのです。
今回起こった原発事故や大洪水は、人類を滅亡させるまでの力はありません。
私達が滅亡するには、もっと目に見えない大きな力が働いているのです。
しかもそれは科学という形で、日常生活の中にうまく入り込み、知らず知らずのうちにその力に動かされ、気付いたときにはすでに間に合わず、あっという間に人類は滅亡していくことでしょう。
それを食い止めるには、今から何をしたらいいのか、まずは滅亡の定義をここに確立しながら、どうそれを回避するのか、考えてみたいと思います。
以前から言ってきたように、私達人類が生きるための方法は、進化の法則の中に存在します。
ダーウィンは言っています。
「強いものが生き残ったのではなく、環境に適合した生命体が、この地球で生き残ったのだ」
私達人類は、この地球における自然環境の中で、進化し、生き続けていました。
環境の変化についてさえいければ、人類は生き残ることが出来るのです。
しかしながら、今回人間が破壊した環境は、私達がついていけるほどのスピードではなく、極端に早いスピードで科学は進み、そして環境は、私達からかけ離れたところに今、存在しているのです。
中でも最も酷いものが、顕微鏡の発見から見ることが出来るようになった世界、そのミクロの世界に、私達人類に秘められた多くの謎が存在しています。
そして触ってはいけない、最も危険なものを、私達人類は操作することになってしまいました。
原子や原子核、そしてそこから生まれたエネルギーや情報に、私達は大いに関わりながら生きているのです。
その組み立ての中で、能力を持ってこの地球に君臨してきたものがあります。
それが、全ての生命体に共通する遺伝子といえるでしょう。
特に、この遺伝子操作により、人類は限りなく自然から遠ざかり、確実に滅亡の方向へと進んでいます。
環境に適合して生きてきた私達は、その環境が破壊された今、ここで生きる能力は存在しません。
遺伝子操作に私達の本能がついていくには、私達が変わらなければなりませんが、そんなことは到底不可能なことといえるでしょう。
脳が遺伝子組み換え食品を理解するためには、少なくとも三世代の世代交代が必要なのです。
そしてその三世代で、それを脳が受け入れ、理解できるかどうかは、まだ判らない状態なのです。
今私達の脳は、理解の出来ない食品に対し、極めて危険な状態で、そこに存在していることは間違いないのです。
脳が理解できない以上、脳が自己を滅亡の方向へと導くことは避けられないと思います。
何故ならば、科学は自然から遠ざかり、脳は自然の中に存在し、この大きなすれ違いは脳を不安に落とし入れ、自己滅亡のスイッチを押すこととなるからです。
不安に陥った脳は、それを落ち着かせるために、自己閉鎖に陥るか、もしくはその逆に大暴動を起こし、納得させる方向へと導いてしまうのかもしれません。
これから世界中で起こる、人間同士の自己満足からくる、そして自分を理解させるために起こる、大いなる暴動は、世界を滅亡の方向へと導くことは間違いないのです。
社会秩序が混乱した以上、それは避けて通れないのです。
要するに、環境の変化が、私達人類をどう導くのかが問題となるのです。
自然環境も、人間における社会環境も、その法則や秩序は、長い時間をかけ、築き上げてきたものなのです。
急激な変化の中では、それを理解することは困難を要することでしょう。
自己滅亡の法則と、自然環境は、いつも同じ立場の中で、育まれてきたのです。
早く気付かないと、それは未来をなくす絶対的な条件となってしまうでしょう。
最近の発表で、月が二つあり、それがぶつかって一つになった、そのため、地球から見える月と、その裏側の物質が違っていたり、表面的な形が違っていたりする、とありましたが、正しいか間違いかは別として、月にはいろいろな謎があることは間違いありません。
アポロが月を離れるときに、発射のための台を月にぶつけ、その音の周波数を計り、月が空洞であるという説もあります。
また月の石を持ち帰ったら、年代が地球よりも古く、200億年も前のものだったという話も聞いたことがあります。
また月の、地球から見える表面にはクレーターの数が多く、地球の周りを回っていたとするならば、クレーターができる確率は地球とほぼ同じでなくてならないのに、地球よりはるかに多いということは、太陽系外から持ち込まれたという説すらも考えられるのです。
地球の周りを28日かけて回り、この地球に与える影響は非常に大きなものがあります。
成分的にも、内容的にも、一番身近にある月でありながら、私達人類はこの月において、まだその研究は始まったばかりなのです。
ある種の人達は、月の裏側には基地があり、そこからUFOが飛び立つとも言われていますが、今のところ確認されたわけではありません。
御伽噺のあのかぐや姫のように、月と地球の関係は本当に密接なものではありますが、まだまだ私達にはそれを見出すための科学も技術も存在していないのです。
しかしながら、前にも述べたように、この57番目の時原空間宇宙において、そのプログラムは意図的に作られたものであることだけは間違いないのです。
私達の遺伝子が勝手に分裂し、自分達の意思の下でその生命を作り上げていくように、この時原空間宇宙において、自由に発想するプログラムの中で、この大宇宙は身近な遺伝子と同じような法則で、この宇宙を勝手に作り上げていくのです。
このプログラムを記憶している物質が、地球においては鉄とニッケル、そして鉱物といわれていますが、実は原子核における中性子の存在から、その情報を共有できるプログラムが存在し、そこをうまく司ることにより、全ての物質が実は絡み合いながら、ある種のまとめられた世界の中で、それはうまく作動しているに過ぎないのです。
もっと解りやすくいうと、地球のコアのように、一箇所で全てがコントロールされ、そこから放電的に放出される、情報のプログラムが、その星の核の中で受け取られ、そこにおける役割的な想像の中で、意図的にそれは作られるのです。
要するに、二つの月がぶつかって一つになったといわれていますが、地球の中で放出された物質が一定の速度と距離の中で、そのようになることはありえないのです。
もしそれが起こるとするならば、意図的にコントロールされたプログラムの中でしか、ありえないことなのです。
私達はこの大宇宙の、大いなるプログラムの存在を、まだ理解していません。
それどころか、生命の誕生や、遺伝子の分裂、人間のことすら、まだ何もわかってないのです。
月が人造物であることや、地球が人造物であることなどは、当たり前すぎる出来事なのですが、これを作り上げてきたその存在が、第56番目の時原空間宇宙から引き継いだ、そのプログラムの中にあることなどは、全く理解できないのでしょう。
身近な遺伝子と、宇宙創造のプログラムは、さほど違った存在ではないのです。
すべてが元素から構成されるように、もちろん遺伝子が元素で出来ているように、月もまた、元素から作られているに過ぎないのです。
そういった面から考えたならば、この宇宙における大いなるプログラムの中で、私達は生きているに過ぎないことを知るべきではないでしょうか?
木島平からの風景。
この地球で、多くの文明が生まれては滅んでいきました。
今私達が生きているこの文明社会は、第五次文明といわれています。
そして、この地球の中で、最も劣っている文明が、この第五次文明といわれているのです。
何故ならば、かつての文明が使用しなかった、石炭や石油、プルトニウムやウラン、このような化石エネルギーを私達人類が使用することが出来るのは、かつてこの地球上に起こって文明がそれを使わなかったからだと考えられるからです。
この40億年とも言われる長い地球の歴史の中で、幾度も繰り返されてきた文明の発祥は、必ず滅びる方向で決着を見出してきたのです。
中でも、最も優れた文明が、第三次文明といわれています。
第三次文明の彼らは、化石エネルギーを全く使うことはありませんでした。
何故ならば、そんな古典的なものを使わなくても、自然の中に存在する、今私達が考えているようなものではないフリーエネルギーを有効利用できていたからなのです。
もちろん太陽光発電とか、風力発電といったような、また地熱発電といったような、効率の悪い方法で電気を作るなどするはずもありません。
今の人類も、少しずつ気付き始めているように、磁気と電気の関係がわかっていたならば、磁気を発生する装置で、いくらでも電気を作れたはずなのです。
第三次文明が残してくれた偉大なる科学は、磁気を電気に変換する法則でした。
今人類はやっとその恩恵にあずかりながら、その装置が作られているのです。
これがもっと大きくなれば、なんの抵抗もなく、どこでもいつでも電気は作られたのです。
また、移動についてですが、私達は地上を這ったり、空を飛んだり、時間と距離との関係の中で移動を考えていますが、第三次文明では肉体を移動させるといったような古典的な作業は全くするはずがなく、脳の中におけるバーチャル的な感覚を、情報の共有化により現実化させることに、全く抵抗なくその行為が行われていました。
わかりやすくいうと、家にいながら目の前にあるテレビの中に自分の意識をフェードインさせ、そこで繰り広げられる世界が現実性を帯びたならば、全く可能な範囲の出来事なのです。
肉体と意識をコントロールし、そしてそこに匂いや触感、そんなものすらデジタル信号に変え、脳はその信号をうまくキャッチしながら、生活を営むことが出来たのです。
要するに、物質的な現象と意識的な現象を分けて利用することにより、そこに電子のデジタル化により自由性をもたらし、存在と非存在の中で、その区別をなくすことが優れた科学の中では自由に行われていたのです。
そこで問題となるような、肉体と肉体の存続と継承、ようするに、子どもを生み、未来の肉体を作るということになるのですが、ここにおいての自由性だけは尊重され、今の社会とほとんど似た形でそれは司られていました。
そこの部分においての科学は、やはり神の領域であり、そこに着手することは、あの優れた第三次文明でも行われていなかったのです。
しかしながら、欲望を満たそうとする情報の中では、それは常に有効性の中で存在し、自由に行われていたことは間違いありません。
そこに非現実性が存在し、環境破壊は全く起こらなかったのです。
要するに、今のように、トンネルを掘ったり、道を作ったり、そんな行為は一切する必要はなかったのです。
しかし、物質的な移動においては、宇宙エネルギーを使い、上下の関係の中で、角度をコントロールしながら、出発点と到着点を計算し、どこにでも降りられるようになっていたのです。
体感するg(ジー:重力加速度)については、全く問題ないようにそのカプセルは作られていました。
この見事に環境を破壊しないように作られた第三次文明が、それでも滅んでいきました。
やはり、宇宙における自然の脅威には、敵わなかったのです。