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地球人口が急激に増え、それに伴い、食糧事情が著しい変化を遂げてきました。
全ての食料は、基本的には農業に頼っている現実があります。
何気ない加工品であっても、全て原材料は、農業に依存しているのです。
やがて人類は、その食糧危機の中で、肉を生産するよりも、その前の段階での植物への依存が、急激に増えることは間違いないことでしょう。
何故なら、食肉のために動物達を利用するとするならば、彼らも生きるために、かなりの水を必要とするからです。
そんなことから、酪農や養豚は急激に減っていくことは、間違いないことでしょう。
この地球は、多くの水を抱え存在していますが、しかしながら、そのほとんどは、海水という、そのままでは飲むことの出来ない水なのです。
今の科学は急激に進み、海水を真水にすることなど、いとも簡単に行うことが出来るようになっていますが、その水は大変高価な水となり、庶民が届くような金額では買えないものとなることでしょう。

今、農業生産の中でも、水がなければ、全ての農業は成り立ちません。
今の農業は、特にこの日本では、雨水に頼っているのが現状ですが、水田のように用水路を作り、川の水を利用しながら行っている現状がここにあるのです。
世界的に考えたならば、地下水をくみ上げ、川の水を使い、農業を行っているのが現実ですが、砂漠化が急激に進み、地球温暖化の中では、地表が持つ保水力に著しい変化が訪れ、解りやすくいうと、蒸発する水分が多く、またスピードが速いのです。
またそのようなことから、大気中における水分量が急激に変化し、その結果、大洪水と大干ばつが交互にやってくるという、極めて不可思議な現象が起きているのです。
しかも、太陽の変化に伴い、海水における水温の上昇がそこに拍車をかけ、地球環境は著しく変化します。
この中で、私達人間を含めた全ての命は、生きていかなければいけないのです。
食物連鎖により生活設計が成り立っている現状の中で、真っ先にこの地球環境の大きな影響を受けるのは、大地であり、植物達です。
その結果、急激な水不足はもうすでに発生し、農業そのものが今後どうなっていくのか解らないのが現実なのです。
ロシアの大きな湖が干上がり、それは水が綿花のために使用されたことが原因だということは、よく知られている話です。
また、黄河が干上がり、水が海まで届いていないという現状も、皆さんの知るところでしょう。
著しい農業の変化の中で、そして機械化の中で、水は大量に消費され、環境の変化の中で、地下水が枯渇するというような現象も起きているのです。

このような現実の中で、70億という人間を抱え込みながら、人類は未来へと進んでいかなければならないのです。
世界で唯一、水不足に陥ることのないこの日本において、かなりの有利性を持っていたかのように見えましたが、日増しに降り積る放射能の雨により、地下水の汚染は急激に変化していくことは、間違いないことでしょう。
何故ならば、これから発表される色々なデータの中に、今回起こった事故における悲惨な現実が、明らかにされていくからです。
いくら水があっても、飲めなければどうすることも出来ないのです。
要するに、世界の水不足の中に、この日本も参加せざるを得ない現状がここにあるのです。
今はまだ、現実味を帯びていない話のように思われますが、5年後の日本において、それは現実のものとなることでしょう。
何故ならば、すぐに結果の出ない現実は危機感をもたらすことがなく、安易な発想の中で、その危機は突然訪れるからです。
そうなってからでは、もう間に合いません。
その前に何らかの手を打つ必要があるのですが、地底湖といわれる安全な水は、もうすでに大手がその権利を買い占め、一般庶民には程遠い存在となっているのです。
いかに安全な水を確保するかが、これから大きな問題となっていくでしょう。
また農業において、安全な水で栽培しない限り、それを食べることは出来ないのです。
よってこの日本でも、世界以上に水不足は深刻化することでしょう。

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世界はあらゆる研究の中で、結果を出そうとして、全ての努力が報われるようにと動いてきましたが、あらゆる中で、それは行き詰まりを見せています。
素粒子の研究をしてきた学者が、あるとき、その出会いの中で、何故その研究をやめられたのか聞いたとき、彼はいみじくもいいました。
「行き詰まったんだよ」
彼の理論がベースになり、研究はまだされていますが、彼の「行き詰まったんだよ」の言葉が、非常に印象に残っています。
医学においても、経済においても、ほとんどの学問は、もうすでに行き詰まっているのではないでしょうか。
社会環境の中で、行き詰まってしまった色々な出来事の中で、その打開策を見つけようとして行う行為が、実は騙し合いなのです。

ある商品が売れなくなると、それを合法的に売るために、その商品を認知するような学会を立ち上げ、さもそれが効果的なように見せかける等、売る手段はいくらでもあるのです。
あるものを敵にしながら、こちらがそうでないという言い方をする、そういった手段も、よくある方法のひとつでしょう。
悪の存在が、正義の現実と有効性をもたらしてくれるのです。
ばいきんまんがいなければ、アンパンマンは必要ないのと同じようなことなのです。
ある種の集団は、今の西洋医学を批判し、新しい団体を作ろうとしています。
とても素晴らしいことなのですが、そこに媚を売り、売れなくなった商品を押し付けようとするような考えも存在するところが、かえって厄介な問題を起こしているようなこともあるのです。
解りやすくいうならば、健康補助食品で病気が治ったという現実は、一度も存在していないのです。
あくまで、健康を補う商品であり、病気にならないためのアイテムであるのかもしれませんが、しかしながら、それが病気の治療に役立ったと結論付けることは、現実には非常に難しいものがあるのです。

要するに、全てが行き詰まっているのです。
解決方法は、存在しないのが現実なのです。
現象は起こるのですが、その現象を捉える方法が、想像からの発想に過ぎないからです。
データは、いつも正しいとは限りません。
瞬間瞬間で変わっていく、意識や現実の中で、生命科学におけるデータほど、矛盾で包まれたものはないのです。
ある人に効いたからといって、全てに効くような、そんな現実は存在しないのです。
環境の中で、この変化に対応する中で、私達は日常生活を繰り返しているのですが、すべての科学や物理学も、行き詰まりの向こうから、わずかな光の扉を開けただけに過ぎないのです。
何故、遺伝子が物質を組み立てていくのか、そんなことすらわかっていないのです。
地球の全てのエネルギーを、計算できたわけではないのです。
行き詰まるというよりは、まだ見えていない部分の方が、非常に大きいということなのかもしれません。
そこにデータという、最も不可思議な、しかも存在すら解らない、そんな情報の共有により物が作られていくことは、不思議に思えてなりません。

雨降りの日のデータでは、傘が必要、それはよく解りますが、だからといって、常に傘が必要という理論にはならないのです。
晴れた日のデータは、傘が必要ない、当たり前のことです。
だからといって、雨が絶対降らないとは言い切れないのです。
曇った日には、何を必要とするのでしょうか。
データとは、これほどまでに矛盾の中に存在し、その矛盾から発生した理論は、確実に行き詰まるのです。
その行き詰まりの中で、私達は今、日常生活の中で、利用せざるを得ない状況にあることは、残念でなりません。
何故騙す側の方が、言葉巧みに上手なのでしょうか。
騙され続けた社会は、今後どういった方向に進むのか、そしてその結果、どういった現実が待っているのか、それを、早く認識し、改善を急がなければならないことでしょう。

冬を迎えようとして、一番親しみのある食べ物に、みかんと落花生があります。
落花生のことを、地豆とも呼んでいます。
何故、土の中で豆が育つのでしょうか?
よくそれを観察すると、落花生は緑色の可愛い葉っぱの茎の部分に、地上5,6cmのところに、黄色いきれいな花を咲かせます。
受粉はあくまで地上で行われ、その受粉が済むと、めしべが少しずつ伸び始め、土の中に潜っていくのです。
そしてめしべの先端が、小さく膨らみながら、やがて落花生として成長していきます。
当たり前の現象なのですが、このように地上に花を咲かせ、めしべが土の中に潜り、子孫を繁栄させるといった、この地球でこれほどまでに用心深く生きる生命体は、大変珍しいのではないでしょうか。

落花生はいつ頃から、地下に子育ての場を設け進化していったのか、色々な説があると思われますが、一つここで落花生に起こった現実を理解する上で重要なことがあります。
それは、彼らが地上でのトラブルの中で、地下にその場を設けなければならなかったという、逆にいったならば、危機的な環境のなかでそうせざるを得なかったということです。
そこを想像すると、地上での危険性は、暑さ、また寒さ、昆虫や病気等、色々考えられます。
多分地下の方が、子孫を繁栄させる上での豆の生産に対して有効的だったのでしょう。
逆にいったならば、地上がそれほど困難な時期を迎えていたのかもしれないのです。
そして、ここで大きな問題が、私達の生活とこの落花生のこういった進化を考えたならば、大いなる共通点が見えてきました。
あの大きな大地、オーストラリアを支配したアボリジニ達は、地下に大きな帝国を作ったと言われています。
この地球においても、地底人達が存在したという現実は、結構残っているものなのです。
その昔の、横穴式住居など、世界中には、地底住居がかなり存在しています。
たかだか落花生の話ですが、これから地球に起こる未来を考える上で、そこから学べることはたくさんあるのです。

この中で、一番起こりうる未来の恐怖は、太陽の暴走といえるでしょう。
紫外線の嵐や、フレアの爆発における電磁嵐は、極めて危険な状態で、全ての生命体に襲いかかってくる問題があるのです。
大いなる未知の周波数により、その振動は遺伝子をも傷つけ、生命体の未来を著しく変えてしまう危険もはらんでいるのです。
そういった、太陽から受けるあらゆる現象を軽減することが出来るとするならば、それは地球における大地ではないでしょうか。
落花生が地下に潜りこんだように、人間達もやがて地下に潜らなければ生活できないほどの、太陽の暴走が起こりうる可能性は、非常に大きいのです。
この、砂漠化が進み、植物は太陽に焼かれ、絶滅の危機を迎えている現実の中で、生きようとするならば、そのものの持つ独自の進化が必要なのです。
植物達は冬になれば、地上から上を枯らし、地下茎は春を待ち、また地上を支配します。
これは、環境に適合する上で彼らが編み出した、最たる技ではないでしょうか。
1年というサイクルの中で、危機を回避し、未来へと命を育むためには、彼らの経験と努力は、大変素晴らしいものといえるでしょう。
今のままの環境が、いつまでも続くとは限りません。
そんな日のために、私達は植物から、もっともっと多くを学ばなければいけないと思います。

今回の大震災により、私達は大変大きな経験をしました。
車があってもガソリンがない、水道があっても水が出ない、ガスコンロがあってもガスが出ない、こんな風に、日常生活に大きな影響がありました。
東京では、帰宅難民がこの恐怖を味わうことになったのです。
地下鉄が止まり、電気も強制的に消され、暗い夜を過ごしてきました。
今となっては、過去の出来事のようにその記憶は薄れ、なんだか他人事のようになってしまいました。
せっかく、このような重要な経験をさせてもらったにも関わらず、危機的な感覚はだいぶ薄れていったのが残念でたまりません。
このように、私達は常に、喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうのです。

しかしここで、もう一回、この起こった現象からの出来事の中で、今後の未来にそれをどう生かすのか、こんなことを考えてみたら、未来に対して不安の一つがなくなる可能性もあります。
もし地下鉄が止まったら、そんなことよりも、もし電気がなくなったら、もし水道が止まってしまったら、もしガソリンがなくなってしまったら、こんなことを重要に考え、未来を構築しなければなりません。
世界が厳しい環境の中で、今後起こらないという保障は、どこにもないのです。
もしこういったライフラインが止まったならば、どうやって生きていったらいいのでしょうか?
今の現実の中で物事を捉えようとすると、それは不可能なことと思えますが、今私達が利用しているライフラインがなかったことを、要するに、なかった時代の人達がどう生きてきたのか、そのことをもう一度学べば、少しだけ答えは見えてきます。
やはり私達にとって最も大切なのが、食べること、そして着るものであり、住む家でしょう。
大きな地震で破壊されなければ、とりあえず家は残ります。
そして家の隅を探せば、今後10年20年衣類には困らないだけの現実はそこにあります。
毎日消費してしまう食べ物、これが、一番の問題となると思われます。

今回の震災では、ペットボトルの水と、トイレットペーパーが、スーパーから消えました。
そして、乾電池が電気屋さんからなくなったのです。
それも、震災を受けなかった人達が、準備のために買い占めたものがほとんどでした。
しかしこれは、浅はかな意識に過ぎません。
何故ならば、わずかな日々を過ごすだけの、一時的な予備に過ぎないからです。
もし仮に今後、永久に電気が止まり、ガスが止まり、水道が止まったとしましょう。
もちろん会社に勤めることも、その会社自体の存在がどうなるかわかりません。
電気が止まれば、電話もかけられません、
テレビも見られません。
あらゆる情報は、入ってこなくなることでしょう。
世間がどうなっているか、全く分からなくなってしまうのです。
そしてガスが止まったら、風呂を沸かしたり、料理をしたり、そんなことも出来なくなってしまうのです。
水道が止まったならば、水を飲むことも出来なくなります。
もちろん、歯も磨けないし、顔も洗えない、味噌汁もご飯も作れなくなってしまいます。
こういった現実が、起こらないという保障はどこにもないのです。

最低限、各家庭に必要なものは、七輪であり、また火をおこすための虫眼鏡であり、食べられるものを探すための野草の本であり、水を飲めるようにするためのちょっとした浄化装置であり、家族や知り合いと連絡を取るための待ち合わせ場所の設定など、もう少し長期にわたった設計をすることが大切だと思われます。
食料は自分で確保しなければなりません。
飲み水も自分で確保しなければならないのです。
乾パンやペットボトルを保存しておいても、そんなものは何年も持つなんてことはありえないのです。
そんなときのための知識を、今少しだけ持つだけでも、安心できる材料となることでしょう。

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