忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

真夏のカンカン照りの午後のことでした。
日差しは余りにも強く、とても日傘なしでは外も歩けない、そんな中で、植物達はその降り注ぐ太陽の光に、何の影響も受けないかのごとく、堂々と過ごしているのです。
どうしてこんな暑さの中で、植物達は火傷もせず、生き続けていられるのでしょうか?
また彼らのどこにそんな能力が隠されているでしょうか?
もし肌が露出していたら、この眩しい日差しの中で、どれだけの時間耐えることが出来るのでしょうか?
それを考えたならば、植物の偉大さに、感心せざるを得ません。
確かに、真夏に海水浴に行ったとき、砂浜は暑くて歩くことは出来ませんが、芝生の上は裸足で歩いても平気ですよね。
植物はどの様にして、あれだけ強い直射日光から身を守っているのでしょうか。

ある日、畑にきゅうりを取りに行きました。
たまたまそれが、午後にあたってしまったのですが、きゅうりの葉はその強い日差しの中で、のうのうと葉を広げていたのです。
暑くないのか、どうして葉は枯れないのか不思議に思い、ずっと観察していると、葉の周りに陽炎のようなものが見えました。
ひょっとしたらと思い、持っていたビニール袋を葉に被せると、周りが白く曇ってきたのです。
植物は、呼吸作用により自分の生体水を吐き出し、シールドを作り、太陽の光から身を守っていたのです。
なんて凄い能力なのでしょうか。
しかもその和らいだ光の中で、光合成を行い、工場をフル稼働させていたのです。
このように、植物と水の関係をちょっと考えてみるだけでも、なんて水は凄い力を持っているのだろうと感心させられます。
またそれをうまく利用している植物達は、本当に能力の高い生命体といえるでしょう。
確かに、水さえあれば植物達は生き続けることが出来るのかもしれません。
そして、その水と植物の関係は、人類にとって大変大きなことを教えてくれるに違いないのです。

これから地球は、太陽の暴走といった、光における危機的な時を迎えることとなります。
砂漠化が進み、急激な温暖化の中で、日差しは年毎に強くなり、この地球に住む生命体は、その光により滅びていく命もあるのです。
果たして人間は、このような環境の中で、いつまで耐えることが出来るでしょうか?
太陽のフレアの爆発と共に、地球に襲い掛かる電磁嵐や強い紫外線、そしてまだ、私達には未知の光すら存在し、それは非常に大きな力を持ち、この地球に大きな影響を与えてきます。
まだまだ未知の力を持つ水は、そのすべての光に対し順応性を持ち、水の中にある経験と記憶が、人類を守る方向に働くことは間違いないのですが、そのためには植物と水との関係は、切り離して考えるわけにはいかないのです。
大地に降った雨は、植物を通し、大気に水蒸気として放出され、植物から発生した水蒸気は、水の性質を大きく変えながら、生命全てに貢献し続けることになるのです。
一般水と植物の生体水は、明らかに違う能力を持つのです。
このことから、これから私達が迎えようとしている大いなる危機的な状況の中で、一つ言えることは、植物との共存が、水という共通の話題の中で、絶対的な条件であることは間違いないのです。
植物の生体水で、この日本列島を覆い尽くすことが、大いなる条件となるのは明らかなのです。
そこに人間達がどう関与し、もしそこにそれと同じ条件の水があるとするならば、それをどう活用するかが私達のテーマとなることでしょう。

PR

天武天皇が、633年に、都を長野の山奥に設けようとし、奈良の吉野によく似た、戸隠の隣の谷間(たにあい)の中に、鬼無里村を作られました。
しかしながら、都がここに移ることはなかったのです。
今は地名として、鬼無里村には東京という地域があります。
もちろん、東の京と呼ばれています。
何故、天武天皇が、都をこんな山の中に移そうとしたのか、今となってはそこを知ることは出来ませんが、戸隠村の謎の中に、皆さんがよく知っている、戸隠神社にその謎は隠されていると思われます。
何故ならば、もし、天岩戸開きが、その戸隠村で行われたとするならば、非常に辻褄が合ってくることだからです。
しかしながら、今はそこを探ることは出来ません。
奈良の吉野を旅すると、吉野神宮が静けさの中に、雄大さを持って存在しています。
確かによく似ているのです。
吉野と、鬼無里は、本当によく似ているのです。
唯一つ違っているのは、長野の方が、地形がやや穏やかだということです。
何故天武天皇は、わざわざ鬼無里村を作り上げたのでしょうか。
鬼の無い里とは、なんて穏やかな知名なのでしょうか。
奈良に行って、きれいな地名の中には、飛鳥や明日香がありますが、そこから想像してみても、鬼の無い里を作ることが、当時の権力者にとって、とても素晴らしいことであったに違いないのです。
しかもそれが、戸隠連山の隣であるならば、何か大きな意味を持っているに違いありません。
しかも、京を中心にして考えたならば、西の京が奈良にあり、東の京が長野にあっても、何の不思議もありません。
かえって当たり前すぎるような現象なのかもしれません。

多くの歴史は、未だ謎の中に存在していますが、天武天皇があの7世紀の始まりに、都を長野に移そうとした文献だけは残っているのです。
確かに、奈良時代が、100年足らずで平安時代に変わっていく姿を見ると、飛鳥時代を含め、当時何があったのか、今ではそれを知る由もありませんが、あの栄えに栄えた奈良時代が、平安時代に変わってくることが、とても不思議な出来事の一つなのです。
大繁栄した奈良時代こそ、日本の歴史の中で、最も不思議な時代なのかもしれません。
しかし全国を見て歩くと、そこまではいかないとしても、日本における古墳群は、豪族達の力の大きさをまざまざと見せ付けることになります。
まだ調査発掘はあまりされてはいないのですが、やがてそれは、明らかにされるときがくることでしょう。
確かに、激動の時代であったのかもしれません。
この鬼無里村に行ってみますと、水芭蕉の群生地があり、裾花渓谷はきれいな水を蓄え、山は豊かで、北アルプスを眺望するような、そして周りを深い山に囲まれ、隠れ里のように存在しているのです。
神々達が、この山の中に聖地を求めても、何の不思議も無いことでしょう。
今は、本当に小さな村となっていますが、これほどまでに歴史が深く、またきれいな名前は、存在しないことでしょう。
本当に鬼がいなかったならば、人類は穏やかな生活が出来るに違いありません。
これから望まれることは、そして未来の地球には、鬼など存在しない方がいいのです。
鬼の無い里を全国に作り上げることが出来たならば、私達は和みの世界で生き続けることが出来るでしょう。

日本の歴史の中には、まだまだ多くの謎が存在しています。
未だに、邪馬台国がどこにあったのか、そんなことすら分からず、議論されているのが現状です。
一説には、東の文化が西に運ばれたとか、古代神達は大陸からやってきたとか、神代文字は後から作られたとか、いろんな事が言われています。
何故こんな風に分からなくなってしまったのか、それは、日本の歴史の中で、必ずといっていいほど書き換えられてしまっていた、古文書の中にあるのかもしれません。
特に、野尻湖人については、その記述はどこにも載っていないのです。

ナウマン博士が、フォッサマグナの研究で日本に訪れ、象の化石を発見しました。
皆さんがよく知っている、ナウマン象のことです。
その象が発見されたのが、野尻湖という湖のほとりでした。
何回も発掘調査が行われ、未だにそれは続いていますが、今から約4万年前のその時代が目の前に現れてくるような、とても不可思議であり、なおかつロマンに満ち溢れた研究でもあります。
そしてそんなナウマン象の発掘の中で、一つだけ不可思議なことがあります。
それは、ある発掘現場では、象の右側の骨だけが発見され、またある場所では、象の左側だけが発見された、というような出来事です。
この日本に人が住み着いたのは、今から4万年前と考えられています。
しかしながら、やはりそれより以前に、この日本列島に人がいたことは間違いないのです。
そして、この不可思議なことから、象が機械的に二つに切り裂かれたと考えないと、全く辻褄が合ってきません。
そのような高度な技術を持った人々が、4万年前にすでに野尻湖で生活していたことは、明らかといえるでしょう。
しかしながら、仮説ばかりを書くわけにもいかず、未だに謎とされているのが現状です。
一昨年前、出雲で、9万年前の石器が発見されています。
そんなことから推測しても、この日本に10万年前にはすでに、優れた能力を持った民族が暮らしていたことは間違いないのです。

大陸から、対馬海流を利用し、日本海側で一番大きな川が、信濃川です。
その信濃川をさかのぼり、彼らとの貿易が、紀元前には盛んにされていたように思われます。
中国の文献の中に、東の国より学ぶという記述が残っているそうです。
そしてその山岳民族に、極めて知識の高い民族が存在したとも書かれています。
そんなところから、邪馬台国の歴史は、まだまだ選択の余地が、いくつかに分かれるのではないでしょうか。
確かに、野尻湖人の歴史は、どこの文献にも残っていません。
しかしながら、この象の発掘から得られる、不可思議な現象だけは、事実なのです。
もし仮に、邪馬台国がこの野尻湖を中心としたその周辺だと考えると、いわゆる、戸隠連山や飯綱山、そして妙高・黒姫といった、周辺の山々だけを見ても、たくさんの霊山が存在します。
東側には志賀高原が存在し、高天原という有名な地名がそこにあり、行ってみると、葦(あし)が生い茂った、まったく葦原といっていいほどの、霊的にも非常に高い存在であるのかもしれません。
あの有名な天岩戸の話も、その岩戸を守る戸隠山は、紀元前から九頭竜神が守り続けた、大変不可思議なところでもあります。
野尻湖人と高天原、戸隠山と飯綱権現、しかも南側には、皆神山ピラミッドが存在し、その頂上には、皆神神社が鎮座し、そこにはUFOの基地だったと書かれています。
確かにこの数年、大変多くの目撃者がいることも事実です。
これほどまでにも条件の整った邪馬台国は、かつてなかったと思われます。
一つ峰を越えると、そこには穂高連峰、奥穂高岳を望む眺望の中に、明神岳、そして明神池、いわゆる、上高地があります。
もちろん今は、上高地と称されますが、その昔は神の降りるところという意味の、神降地が使われていたのは言うまでもありません。
こんな条件の中で歴史を捉えたならば、野尻湖人の研究がされてこなかったことが、かえって不思議なことといえるでしょう。
日本の歴史に隠された、大いなる謎の中で、その野尻湖人は、目を覚ますことでしょう。
そして必ず、人類に大いなる警鐘を鳴らしながら、新しい方向を示すこととなるでしょう。

もし今の私に、広大な農地が与えられたならば、新しい方法で農業をしたいと思います。
いつも言っているように、
「桜が咲いたら田植えをしなさい。
 雨が降ったら豆を蒔きなさい。
 人間達よ、他には何もするな」
と神から教わりました。
倭に住むということは、とても豊かな環境と、意識の中で生きるということになります。
確かに飛行機に乗って空から見ると、なんて緑が多いのだろうと感心させられます。
世界一豊かな島であることは、間違いないでしょう。
もしこの日本に、百万人ぐらいの人しかいなかったとしましょう。
それならば、川に行ったら魚が捕り放題、海に行ったら貝が取り放題、山に行ったら蕨(ワラビ)や薇(ゼンマイ)が採り放題で、何不自由することなく生活できることでしょう。
こんなに豊かな島は、この地球には他にありません。
この日本に住む私達は、いかに恵まれているか、気付くべきではないでしょうか。

もし私に、広大な農地が与えられたならば、もちろんお米は作ります。
そして雨が降ったら、豆やとうもろこし、そしておそばも蒔くことでしょう。
後の畑は、耕すなどという煩わしいことは、しようとは思いません。
石の多い農地には、つつじが原種といわれる、ブルーベリーの木を植えます。
そして、その周りには、日陰にならないように注意しながら、柿の木や栗の木、そして、梅や杏も植えられたらいいなと思います。
湧き水が出てくる水辺には、山葵(ワサビ)やクレソン、芹など育てることにします。
日当たりのいいところでは韮(ニラ)を植え、そしてその周りには、ギボウシを植え、そして畦道(あぜみち)や坂には、ノカンゾウやヤブカンゾウを、野生のまま増やしていきます。
そしてスギナや、ヨモギ、竹林も少し作り、田んぼの中にはタニシがたくさんいたり、湧き水の沢には、沢蟹がたくさんいたりします。
その広大な農地で、別に野菜にしなくても、野草のまま育て、自由に伸び伸びと、彼らが生きられるように、場の提供をしてあげるだけでいいのではないでしょうか。
確かに農作物を作って販売し、その収入で生活しようとするならば、余りにも馬鹿げていることといえるでしょうが、自分達が生きるために、食べるだけであるということならば、これだけのことで十分すぎるのではないでしょうか。

この豊かな日本では、縄文時代が20万年も続いたといわれています。
稲作が始まり、豊かだったに違いないのに、その日本を襲ったある種の出来事がありました。
それが、村人同士の抗争だったのです。
それさえなければ、自由で平和で豊かな時代は、永遠に続いたに違いありません。
私達が争いをやめ、豊かな心で生きようとしたならば、この日本はその材料はいくらでも存在します。
もちろん、病院の変わりに湯治場があり、切り傷も打ち身も捻挫も、全て湯治で癒すことが出来たでしょう。
この恵まれた日本で、かつての縄文時代のような生活を、私達は今の科学を使いながら、することが可能となるのです。
火を熾すだけでも、大きな苦労はしません。
虫眼鏡を一つ持っているだけで、それはたやすく出来ることでしょう。
木を植えるだけだったら、スコップが一本あったら十分なのです。
光が当たるように、雑草を刈り払うならば、そこには鎌もあります。
そして料理をするには、ステンレスの包丁も、鍋や釜だってあるのですから、あの縄文時代と比べたならば、どれだけ生活しやすい道具がそろっていることでしょう。
お米の籾殻(もみがら)をはずすには、一升瓶を使います。
そして竹細工でいろんな籠を作ったり、藁を編んで縄にしたり、私達には、多くの知恵が存在しています。
近い将来、人間達の災いにより、ライフラインが止まる可能性があるのです。
そんなとき迷わないために、今からその準備に入れたらと考えています。

カレンダー
08 2026/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
オリハルコン
カウンター
ブログ内検索
メールフォーム
バーコード
プロフィール
HN:
デルファンドラ
性別:
非公開
自己紹介:
デルファトラ星の6人の科学者の1人です。
忍者ブログ [PR]