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今回のような原発事故が起こり、日本も大きく変わろうとしています。
歴史は必ず繰り返されるように、これからの日本は、最も古く、最も新しい方向へと進んでいくことになるでしょう。
貿易の中心は、これからは日本海がその役割を担うことになることでしょう。
何故ならば、太平洋の向こうには、遠い国しか存在していません。
歴史を辿ると、やはりこの日本は、アジアとの密接な関係の中に存在しているのです。
アジア圏において、この脅威ともいえるほどの発展は、全世界を変えるだけの技術とまた動力を持っています。
今回起こった事故で、太平洋側における日本近郊の汚染は著しく、事実が解明されてくる中で、極めて厳しい条件の中に存在していることと思われます。
何故ならば、親潮に乗って撒き散らかされた放射性物質は、東京湾や四国の方まで進んでいっているに違いないからです。
また、日本海流に乗った汚染物質は、やがてハワイの方まで進んでいくに違いありません。
よって貿易は、日本海側で行われた方が安全だという結論に達するのです。
しかも、アジアの発展はかなりの勢いで進んでいますので、やはり日本はアジアとしての役割が大きいものと思われます。

また、このほど発表された、地表での汚染状態の中で、大きな結論が一つ出ます。
それは、首都圏を取り巻く環境が著しく悪くなり、特に、地下水をも含んだ水の汚染が、かなり厳しいものと思われるということです。
ただでさえ、医薬品や洗剤、食品添加物や農業排水により、かなり汚染度は進んでいるところに、輪をかけて今回のような現象が起こっています。
また雨水は、大気の放射性物質を包み込み、大地の放射性物質をも抱え込みながら河川へと流れ込み、少しずつ、でも確実に、堆積されていくのです。
その上を流れる水達は、必ずその影響を受けるに違いありません。
あの大きな琵琶湖も、同じ結果をもたらすに違いないのです。
そのような出来事の中から、安全を求めた諸外国の人達は、安全な湧き水の豊富な、しかも放射性物質の汚染度の少ない大地を求め、そこに拠点を置くことになるでしょう。
現在の日本において、それは限られた場所にしか存在していません。

これから経済の中心が、日本海側に移ろうとしています。
アジアはぐっと近くなり、密接な関係を持つことになるでしょう。
今までの太平洋側の大いなる繁栄は、歴史上では非常に考えにくい出来事だったのです。
そんなことを考えながら、この日本のあり方は、大きく問われることになるでしょう。
北前船が日本海側を航路としたように、また遣唐使や遣隋使がいた頃のように、朱印船貿易が盛んだった頃のような時代に、戻っていくのかもしれません。
そんなことを考えながら、私達も聖地を求め、移動する時期を迎えているのです。
安全な水、それは、日本海から蒸発した、高い山の雪解け水が、その地球浄化のシステムの中で浄化され、尽きることのない水量で安定をもたらしてくれることでしょう。
やはり、世界が水不足の中でこれから生活しなければいけない、そんな現実を確認することが出来たならば、豊富な湧き水が存在する大地は、大変貴重なものとなることでしょう。
確実に、水が人間生活の中心であることは間違いないのです。

全ての命は水に委ねられ、未来へと向かうのです。
この危機的な日本であっても、私達が安全に生きられる法則が存在しています。
そして確実に、選ばれた大地が汚染を免れ、私達の豊かな生活をもたらしてくれることでしょう。
大都市集中型の生活環境では、この危機を乗り越えることは非常に難しいことと思われます。
小さな島国だとしても、まだまだ未開の地は、そして私達が捨てた大地は、私達を生かす方向にもう一度蘇るはずです。
この日本は、大変素晴らしい大地の環境と水を持っているのです。
新しい日本は、豊かな心でそこを必要とする人達を待っています。
経済はことごとく、破綻する方向にいってしまうのかもしれません。
近いうちに起こるといわれる大インフレの中で、私達の求める方向が、一つの道を明らかにしてくれることでしょう。

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今この日本は、1億3000万人ほどの人達が生活をする、大きな国家となっています。
江戸時代末期には、日本の人口は3000万人しかいませんでした。
200年以上の鎖国の中で、繁栄をし続けた江戸時代は、神仏習合という、非常に穏やかな時代でもあったのです。
確かに、鎖国をしていても、3000万人という人口ならば、今より一億人も少ないわけですから、諸外国から農作物等を輸入しなくても、そして贅沢さえしなければ、豊かな生活が営まれていたのかもしれません。
ましてや、平安時代、この400年間も、京都を中心としながら、この日本は本当に豊かなのんびりとした、そんな時代だったのかもしれません。
諸外国の考え方が、大変大きな繁栄を遂げ、医学や農業における、食物等の生産において、大変多くの進歩を遂げてきました。
そして機械化が進み、産業革命以後の地球の人口は、全世界を見る限りまだまだ増え続けていくのでしょう。

しかし、太陽の異常な動きの中で、地球はこれから過酷な日々を迎えることとなるでしょう。
砂漠化が進み、大洪水と大干ばつが交互にやってきて、南極の氷が解け始め、海面が上昇を始めます。
浜辺は海の中に沈み、この日本でも、海抜10メートル以内は海の中に沈んでしまうのかもしれません。
そして異常気象、またそれ以上に大異変が繰り返され、太陽のフレアの爆発と共に、電磁嵐が人間の脳を破壊し、意識を極限にまで高められたならば、人間達は発狂するようにプログラムされているのです。
気違いじみた意識の中で、大暴動が繰り広げられ、略奪や強奪、そして破壊が、大いに繰り広げられることとなるでしょう。
統率の取れなくなったその環境の中で農業を営んでも、その野菜や穀物は全て奪われることになってしまいます。
何故ならそれを取り締まる人達がいなくなり、いやそれ以上に取り締まる人達が、強奪を繰り返すようになってしまうからなのです。
全ての秩序を失った世界は、想像を絶する中で、滅び行く運命の中に落ちてしまうことでしょう。
農業をしてもそれを全て盗まれてしまうのならば、するはずがありません。
農家が農業をしなくなったならば、極めて危険な、食糧危機が訪れる可能性が大きいのです。
そのとき、この全世界で、どのような人達が生き残ることができるでしょうか。

この日本を見たときに、全く農業をしなくても生きられるとするならば、その人口の限界は、200万人となることでしょう。
たった200万人の人々がこの日本で生活するとするならば、豊か過ぎるほどの天の恵みが存在しているのです。
世界も同じように、人口が淘汰され、わずかな人々の楽園となることでしょう。
アフリカやアマゾンの原住民達は、その豊かな知識で、この地球で生きていくことは可能となることでしょう。
しかし、都市集中型の環境の中で、お金を出して生活を営んでいた人達は、自分でこの食糧危機を乗り越えることはできません。
何故ならば、食べられるものが何かという、そしてどう食べればいいかという、その知識がうまく働かないからなのです。
やがて人々は淘汰され、何年かの間に地球の人口は激減し、穏やかな日々が戻るのはそれから何年か後のこととなるでしょう。
この日本に残った人々には、豊か過ぎるくらいの暮らしが待っているのです。
何故ならば、そのわずかな人々ならば、川に行けば魚は捕り放題、山に行けば森の動物達もいくらでも獲り放題、もちろん、貝や海草、野に行けば食べきれないほどの野草達、ヤマブドウや柿や栗は、私達に豊かな生活をもたらしてくれます。
元々農業などしなくても、あの縄文時代は、優れた知識の中で、そして知恵を生かし、豊かな生活を営んでいたことでしょう。
人間における環境破壊がなくなった、そんな時代の中では、そういった豊かさが、待っているのかもしれません。
一時的に起こるこの現象は、未来が開かれるためには、そして全ての命のために、起こるべくして起こるのかもしれません。

「あなたは何故そんな考え方をするのですか?
 そして、何故そんなことがわかるのですか?
 この膨大な知識は、どこから学んだのですか?」
そんなことを言う人が時々いました。
特別な能力を持っているように思われているようですが、そんなことはないのです。
この地球に発生した人類は、誰もがみな同じ能力を持っています。
しかしその能力を、表に出すか出さないか、そして意識に反映させるかどうかは、別問題なのです。
図書館に行って学べる出来事は、この地球の科学のほんの1ページに過ぎません。
人類は、まだ何も知らないといっていいぐらい、愚かな生命体なのです。
しかしながら、私達人間には脳があり、その脳のメモリーを広げてあげることが出来たなら、そしてそこが意識と交流が出来たならば、過去の記憶を全て思い出すことが出来るのです。
元々何もない世界から、この大宇宙も、そしてこの地球も、そして命も、生まれてきたのです。
初めから全てがあったわけではないのです。
進化の中で、そして環境の中で、形付けられてきた何億年もの記憶の中には、未来を構築する全ての法則が存在しているはずなのです。

私達の身体の中にあるこの遺伝子群は、何故これまでにも多くの細胞の中に存在し、必ず全ての細胞に存在するのでしょうか。
もし、意識や図面の中で意味を持つならば、一箇所に集中していてもいいはずなのです。
全ての細胞に遺伝子があるなら、全ての細胞がそれぞれの役割を持ち、そしてより多くの情報をキャッチし、記憶させるために、遺伝子はこれだけ多く分裂し、そして未来のための記憶装置とし、情報を集めているのでしょう。
最終的には、その遺伝子情報は脳の中で管理され、そしてまた、脳の中で管理された遺伝子情報は全ての遺伝子にその情報は脳によって伝えられます。
この見事に仕組まれた管理社会の中で、遺伝子達は独自の進化を繰り広げ、今に至っているのです。
全ての命の中に、遺伝子は関与し、そして情報を共有しあっているのです。
しかもその情報は、決して消されることのない、永遠の未来まで引き継がれていくのです。
この遺伝子の特徴が解ったならば、それをどう利用するのかが、人間に与えられた権利と義務なのかもしれません。
この地球の中で、今の文明社会が一番優れた文明ではありません。
過去における文明社会の、究極にまで至るほどの科学の経験を、遺伝子達はしているのです。
その優れた文明や科学は、私達の遺伝子の中に当然書き込まれていることは言うまでもありません。
私達がその遺伝子とうまく付き合い、遺伝子と意識をうまく融合させることが出来たならば、過去における優れた科学の中で、そして過去の過ちを知ることにより、新しい未来が作り上げられていくことが一番望ましいことなのです。

しかしながら、誰もがその遺伝子の記憶と会話することが出来るとは言い切れません。
そのためには、一つの大きな条件が存在します。
それは神経を研ぎ澄まし、遺伝子との意識を融合する方向へ導きながら、想像力を高め、天の声を聞くごとく、その中に自分が入り込むことが条件となるのです。
要するに、自分の意識を遺伝子の中に入れ込むことなのです。
聞き出そうとする、そういう意識は、ここではなんの意味もありません。
いかに彼らと同じ存在となるかということが、そこから情報を得る唯一の方法といえるでしょう。
先ほど言ったように、遺伝子達の一つの大きな特徴は、情報を共有し合うということなのです。
自分が遺伝子の立場に立ち、そして情報を共有しあえれば、その優れた文明や科学は、自分のものとなることでしょう。
遺伝子に書き込まれた記憶の中で、これからの未来は作られるはずなのです。
情報が共有できたならば、誰もが優れた能力を持つことが出来るのです。
ただ、それだけのことです。
大学に行く必要も、図書館やゼミで学ぶ必要など、どこにもないのです。
何故ならば、人間界での学びの法則は、人間が知っていることしか教えてもらえないという、大いなる欠点を持っているからです。

春先、雪が解けて、畑に出かけてみると、あちこちにたくさんの穴が開いています。
野鼠達は冬の間、地面の中で温かく過ごし、春を待っていることでしょう。
穴はいくつも開いていき、その地下トンネルは幾重にも張り巡らされ、色々なところにいけるようになっているに違いありません。
簡単な鼠捕りを、先っぽにりんごをくっつけ、鼠の穴に仕掛けてみました。
10分もしないうちにパチンと音がし、一日で20匹以上、捕まえることが出来ました。
その鼠を端の方に放っておくと、いつの間にかカラスが飛んできて、ありがたそうに銜えていくのです。
自然界には無駄がないから、今そういった面では、農業がされなくなった草原は、鼠達や自然の動物達にとっては、大変豊かな大地に変わりつつあるのでしょう。

70年に一度花が咲くといわれている竹があります。
一斉に咲き続けるので、竹の実がたくさんできて、野鼠達はこの豊富な餌の中で、極端な例、たった20日間で成熟し、子どもを産み続けるねずみは、急激に数を増やします。
そしてその繁栄は、その1年間においては、大変素晴らしい平和に満ちた現象ではないでしょうか。
地球の人口も70億を超え、竹の花が咲いたときの鼠の状態が起こっているような気がします。
豊かさと便利さの中で、そして科学が特別な力を持ち、医学も大変進み、地球の人口は急激な変化の中で増え続けてきました。
しかし、この繁栄がいつまで続くのか、極めて危険な状態といえるのではないでしょうか。
竹の花は、次咲くのは70年後です。
増えすぎた野鼠達は、大変な食糧危機をやがて迎えることになります。

ある科学者がその研究をし、こう発表しています。
増えすぎた野鼠達は、お腹が空き、とりあえず辺りのものを何でも食べ始めます。
そして食べ尽くされたとき、一匹の野鼠が仲間の肉を食べ始めるのです。
それを見た野鼠達は、お互いがお互いを食べ始める行為に出ます。
要するに共食いです。
人間達が戦争を行ったのは、領土や権利を得るためでしたが、これは共食いではありません。
しかしながら、野鼠達は生きるために、仲間を食べ続けるのです。
やがてこの地球も食糧危機になれば、砂漠化が進み、牧草が激減し、酪農や養豚が出来なくなる日も、そう遠くないのかもしれません。
本来は草食系であった恐竜達が肉食になっていったように、人間達もその逆に、草食系に戻ることはそう難しいことではないでしょう。
そうした中でいったとしても、これから迎える危機は、回避することは非常に困難だと思われます。
野鼠達は共食いをし尽くした後、その免疫力は著しく下がり、多くの病気と共にそれは蔓延し、意識が狂い始めた中、最終決断を下すといわれています。
大量の野鼠達が、川に向かって大移動を始めるのです。
そして次々とその川に飛び込み、最後を迎えることになるのだと研究者は言っています。

やがて訪れる、私達の人間環境も、同じような結末を迎えるのではないかと想像するのは当たり前のことでしょう。
今世界各国で起こっている暴動が、全世界に広がることは、考えておいた方がいいと思われます。
食べるためではなく、自分達の生活環境のために暴動が行われていますが、やがて秩序は乱れ、強奪や強姦が至るところで繰り広げられ、国家権力も及ばないところで激しい戦いが行われることは、多分避けられないことでしょう。
生産を失った社会は、要するに、農家の人達がどんなに農業をして食べ物を生産しても、彼らによって強奪されたならば、やがて作ることをしなくなるのは、当たり前の法則なのです。
漁師達が取った魚を略奪されたならば、漁師も魚を取ることをやめてしまうでしょう。
こんなことから、この地球に人間社会において、急激な食糧危機が訪れることになるのです。
野鼠の理論を教訓とし、そこから逃れるすべを構築しなければなりません。
そのために今、あらゆる計画の中で、未来へ向かう法則を、みんなで考えてみてはいかがでしょうか。

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デルファトラ星の6人の科学者の1人です。
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