[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
今日から私達は、管理された意識から解放され、自由の身となりました。
どこまでいっても、何をしようとしても、お釈迦様の手のひらの中で、最終的には尻拭いをしてもらい、今日まで生き続けてきたのです。
しかし、その手も消え、素晴らしい自由が私達にやってきました。
見るもの全てが、新しい始まりなのです。
そして、この素晴らしい時間を少しだけ味わいましょう。
しかしながら、自由の、そういった考え方の裏には、必ず付きまとうのが責任です。
私達は、全ての責任を、これから取ることになるのです。
犯した罪の、全ての責任を取らなければなりません。
何から、そして誰が、どのような方法で責任を取るのかは、それは人それぞれ違うことであっても、なんらかの形で責任を取らなければなりません。
人類が犯した、全ての罪に責任が発生し、今日からそれを行わなければいけないのです。
それは個人的にも、社会的にも、その現実は、同じものとなるでしょう。
未来がどう変わるのか、この日の意識により、私達は向かう方向性を、自分で決めなければなりません。
過去にしがみついても、もう守ってあげられないのです。
自由という大きな扉は、開放という世界に向け、開かれたのです。
全ての意識が開放され、そこから豊かな思いも発生し、輝かしい現実と共に、今をもう一度見直してみたら、自分の足が消えていくことに、その恐怖に陥ることでしょう。
未来という時間が、足元から崩れ去っていくのです。
しかしながら、責任さえ取れば、必ず新しい未来は開かれます。
未来のために、今から何をするか、そして豊かな心は、人々の心の中に大きく反映し、そして新しい意識が、解放された意識が、現実のものとなるでしょう。
洗脳が解け、そして生まれ変わる自分が、もし確認できたならば、それはとても素晴らしい日となることでしょう。
外の風景が変わって見えて、今まで好きだったものが嫌いになったり、考え方が著しく変化したりすれば、色の好みさえも変わることがあるのです。
新しい脳の中のスイッチがオンとなり、意識は心の中を駆け巡り、想像を超えるほどの新しい出会いがそこにはあるでしょう。
無理をしなくてもいいのですが、意識することにより、そのスイッチはオンとなり動き出すのです。
新しい意識は、この地球をとても大切に思います。
人々の心を、本当に大切に思うのです。
全ての生命に意識があることに気付き、愛おしく思いながらも、その心の悲しみを、知ることとなるのです。
私たちは新しい心を持つことになります。
人間より多くの命がこの地球にあることを、彼らと会話できるこの喜びと、現実に犯した罪の大きさに、どんなに嘆くことでしょうか。
分かる人にだけ、このスイッチが入ります。
人間は、その責任を果たし、人間であることの誇りを取り戻し、万物の霊長となることでしょう。
遺伝子の話は前にもしましたが、私達がこの地球上で生まれたとき、遺伝子に記憶されている出来事も、どれほど大切なのか、そのことにあまり触れていないのが、今の現実でしょう。
私達はこの地球に生まれたときに、この地球で起こった過去の出来事の全てを記憶し、そしてこの地球で生きる能力の全てを持って生まれてきます。
遺伝子における経験が記憶となり、より豊かな方向へと、生き方を変えていってくれるのです。
逆に、経験のない出来事は、それを理解することは、非常に難しいこととなるでしょう。
今、うつ病や自閉症、自律神経失調症、不安症、他動性、そういった脳の障害が大変増えています。
これは明らかに、経験のない出来事に対して、遺伝子の記憶にない出来事に対して、脳が誤作動を起こすことによって起こる、あたりまえの現象なのです。
私達は、毎日の生活の中で、遺伝子に経験のないことをどれだけしているのでしょうか。
今、健康産業の中でも、水素水とか騒がれていますが、私達はこの地球上で、そんなものを飲んだり吸ったりした経験は、全くないのです。
素人が飛行機の操縦が出来ないように、経験のない出来事は、それを実行することは出来ないのです。
麻痺させるとか、殺すとかいう出来事は、経験がなくても出来ます。
要するに、鎮痛剤や抗生物質は有効利用できるのですが、それを取り入れてその遺伝子の経験の中の認識で行う行為は、非常に難しい結果となるのです。
脳が利用するということは、利用方法を知っていなければ、何の価値もないのです。
そういった面で、利用方法を知らない食品が、余りにも多いことも現実です。
ましてや、人間といっても、日常生活におけるライフスタイルは、人それぞれ異なっています。
「私はこれを飲んで病気が治りました」
そんなことを言う人がいます。
「だからあなたも飲んでみたら?」
この定義付けには、何の根拠もありません。
何故ならば、その人に関係する、環境、すなわち、家族関係、交友関係、地理的な環境、そして好み、日常生活における、寝起きの時間や、好きなテレビ番組、好きな音楽、こんな風に考え出したら、その治った人と、他の人との違いが、どれほど大きな違いを持っているのか見えてきます。
全く等しく平等の条件でなければ、それを伝えることは難しい出来事だと思います。
このように経験から来る記憶は、この地球上で、より上手に生きるための法則であり、そして、上手に生きた経験を、未来に伝えていくためにも、大変大きな役割を持っているのです。
私達がこの日本で生きている以上、この日本で育まれた遺伝子が、どれだけ有効的に私達に働きかけているのか、逆に私達が、外国にいるときに、そこがどんなに素晴らしい環境であっても、果たしてそこが一番なのでしょうか?
ハワイは、とても住みやすく、素晴らしいところと聞いています。
日本人がそのハワイに行って暮らしたとき、5年10年経ったとき、日本食が恋しくなったり、日本語という言葉が恋しくなったり、寒さやまた秋の紅葉を見たくなったり、冬の雪の白さを思い出したり、そんな風に思いませんか?
鮭が海に、そして4年たって、故郷の川に戻ってきます。
何故戻ってくるのでしょうか?
そして何故、自分が生まれた川でなければならないのでしょうか?
どうして違う川には行かないのでしょうか?
日本よりももっと素晴らしい、もっと素敵な、そういった場所は、たくさんあるに違いないのです。
それなのにどうして、その故郷の川に戻ってくるのでしょうか?
これは、経験と記憶の中で、そのものに与えられた、絶対的な条件は、その経験の中からしか、未来を見つける方法がないことを示しています。
故郷の小川の匂いを記憶し、その匂いを求めて、何千キロもの海原を泳ぎ、戻ってくるのです。
人間達も同じ本能を持っているのに違いありません。
その本能の記憶に従うことが、実は最大なる安らぎを求める絶対的な手段なのです。
このことをわかったならば、私達はこの日本に住み、もちろん両親も祖父母も、この日本で生まれ、日本で育ってきました。
この日本という国が、私達の故郷であり、魂が常にそこに還ろうとします。
本能は、常に日本を向き、日本を求め、日本で生きることを、最大の喜びとしていることは間違いないのです。
遺伝子の経験と記憶、ここが理解できたならば、今ここで生きるこの素晴らしさを、もう一度再認識してください。
私達にとって、この三次元、これが安らぎの世界なのです。
そしてこの日本が、故郷なのです。
ここで生きることが、最も素晴らしい出来事なのです。
地球温暖化が大いに騒がれてきましたが、今年は、大寒波が訪れ、そして日本列島がすっぽり覆われ、冷え切っています。
大雪に見舞われ、20年ぶりといわれるほど、最近ではなかった現象が起こっています。
去年の大震災もそうだし、未だに揺れ続ける日本列島、富士山でさえも、いつ噴火するかわからないほど、危機を迎えているといわれています。
そういった現象が、世界中で、今起ころうとしています。
太陽のフレアの爆発が、北海道のオーロラを作り、世界はいよいよ、太陽が意図する方向へと、導かれようとしています。
地球における環境のほとんどは、太陽というこの高エネルギー体によって作られる現象が多く作用し、地球が持つ特異性の中で、様々な現象が起こってきます。
気候といわれる現象は、地球の自転とそして地球の公転、要するに、太陽を中心とした出来事といえるでしょう。
そしてこの地球における、温度差における膨張と収縮、地球が持つマグマの移動や、プレートの存在、様々な環境の中で、地球は幾度となく、そういった行為を繰り返しながら、太陽と共存しているのです。
今太陽を見ると、確かに大きなフレアの爆発、地球における電磁嵐、それは、大変危機的な現象の一つであることは間違いないのですが、地球にとってもっと怖い現象は、太陽が休息する方向へと傾くことなのです。
太陽が、疲れたから一休みしようとしたならば、地球はあっという間に、氷河期を迎えてしまうのです。
あの、ほんのわずかな地球の傾きが夏と冬を分けるように、太陽のちょっとした出来事が、地球にものすごく大きな影響を与えていることは間違いないのです。
今回は私達が住むこの地球は、氷河期へ向かおうとしています。
地球温暖化といわれてきた近年の中で、そんなものは、太陽の一呼吸で、どうにでもなる現象に過ぎないのです。
私達は、あの莫大なエネルギーの中に存在し、その意識がどう起こるかによって、全ての生命体に大きな影響を与えていることは間違いないのです。
今太陽の活動が、本体の活動が、やや休息しようとしています。
このことから、確実に地球は氷河期へ向かっていることは、間違いないことなのです。
そんな中で、私達がどう生きるか、そして、過去に起こった氷河期の中で、地球はそれをどう回避してきたのか、命達はそこでどう生きてきたのか、そのことを理解した上で、これからの現実を考えなければいけません。
地底王国があり、地底人が存在したという話を聞いたことがあります。
たぶんそれは、氷河期を生きるためには、非常に有効的な知恵ではないでしょうか。
地球のマグマにおける地熱を利用し、安定した温度の中で、そこで生きるならば、非常に有効的な考え方だと思います。
そして、もしそこに人口太陽という存在を考えたならば、しかも、安定した太陽であるならば、そこには緑が育ち、食料的にも、環境的にも、逆にさほど大きな問題とはならないのかもしれません。
地熱と、地球における鉱物との、不可思議な関係の中で、例えば、マグマからとった明かりと、水晶の屈折を利用した、新しい太陽が、地底の中で輝く日は、多分豊かな地底を作り上げてきたと思われます。
水晶を丸く組み合わせ、その六角形の方向性を利用し、皆さんがよく知る、ダイヤモンドのカットのように、それを組み合わせしていったならば、マグマと水晶の関係で、そこに磁場が生まれ、光が生まれ、人口太陽が作られるのです。
地熱と光が、うまく交差したならば、要するに、光から熱を得ることが必要としなくなるならば、それはそれで、非常に有効的に利用できる結果となるのです。
しかしそこに磁場を交差させ、回転を始めたならば、熱源として利用することも、差ほど大きな問題とはいえないでしょう。
地球にはまだまだたくさんの、そういう面で利用可能な鉱物はたくさん存在しています。
光と温度、そして空気、その絶妙なバランスの中に、あとは水という不可思議な存在を、うまく利用するだけで、地底人は生き抜くことが出来るはずなのです。
かといって氷河期といえども、地球における平均温度は、4度くらいあったといわれています。
ようするに、地表での生活が全く不可能なわけではないのです。
地下と地表を、うまく利用することにより、今よりも快適な環境が作られる可能性は否定できないのです。
氷河期に向かい、そういった準備が、たやすく出来る時代に、今私達は住んでいます。
あまり心配することは、必要とは思えません。
しかし、その前に、やらなければいけないことが一つあります。
それは、破壊してしまった今の環境を、本来ある姿に取り戻すことです。
これは人間達が抱える最大なるテーマであり、果たさなければいけない義務なのです。
自然界に生きる全ての生命は、眠りという時間を持っています。
人間達も、大体平均でいったならば、7時間くらいは寝ているといわれています。
また魚達も、2~3時間は寝ているようです。
もちろん植物も、夜は眠りの中で、何時間とは言いませんが、そういった時間を持っているに違いありません。
この世の中で一番よく眠るのが、猫科の動物といわれています。
なんと、20時間近くも寝ているという話を聞いたことがあります。
私達の人生の中でも、3分の1は、寝て暮らしているのかもしれません。
赤ちゃんのときは、もっとたくさん寝ています。
こんな中で、眠るというこの行為について、少し意識をおいて考えてみると、どうしてこんな現象が起こるのでしょうか?
私達人間を見た中で、食べることと眠ること、そして空気を吸うこと、こういった中で、食べることはもちろんエネルギーの補給で、当たり前の現象です。
空気を吸うことは、炭水化物を燃やすためには、絶対に必要な行為ですから、さほど深く考える必要はないのかもしれません。
そんな中で、眠るという行為は、一体何を意味し、そして、何のためにそういった行為が行われるのでしょうか?
労働における疲労や、そういった筋肉の運動によって起こった現象を、休むという形で、そこを修復する方向へと向かわせるならば、さほど多く眠る必要もないように思われます。
走ってできた筋肉の疲れは、1時間もあれば、その筋肉内部の疲労は、そしてエネルギーの元を補ってあげれば、かなり回復してくるはずなのです。
そんな観点からも、眠るという行為の不思議性は、どんどん増してしまいます。
一体、私達生命体は、どうして眠るのでしょうか。
人間ならば、脳みそが疲れているから、要するに、意識が疲れているから、脳を休ませることが眠りと考える人もいますが、果たしてそれは正しい考え方でしょうか?
何故なら、眠りの中でしか、夢を見ることはありません。
そして、交感神経と副交感神経の関係の中で、果たして脳は眠っているのでしょうか。
呼吸もしているし、心臓も動いています。
細胞の代謝が行われ、汗をかくこともよくあります。
肉体における代謝と機能の中で、とても眠っているとは思えません。
脳は、完全な眠りの中に存在する可能性は、非常に少ないと思われます。
この眠るという行為の中に、ここを追求してくると、わけのわからないことばかりが浮上してくるのです。
私達は観念的にその答えを求めてきましたが、これを科学的な見地から捉えたならば、非常に不可思議な現象の一つといえるでしょう。
何故眠るのか、もう一度深く考えて見ましょう。
眠ることによって何が起こるのか、眠る行為の、この条件は何を意味するのか、そして、眠ることにより、どうして体力は回復してくるのか。
食事やたくさんの栄養をとっても、眠らなければ、体力は回復したとはいえません。
例えお腹が減っていたとしても、一晩寝て起きると、その影響で体力が回復してくることも事実です。
こんな風に考えてくると、眠ることのこの原因と結果について、どういった因果関係を想像したらいいのでしょうか。
ある種の考え方の中で、眠ることにより、私達は、もう一つの次元の中に存在する、そういったエネルギーと触れ合うことにより、充電作業が行われているという、そういう考え方も、実は存在しているのです。
全ての生命体が、眠るという行為を行う以上、このとき得られるエネルギーは、この肉体的にも回復してくる、また精神的にも、ある種大きな回復が見られ、昨日までイライラしていたことも、眠ることにより、かなりの開放感へと、そして安らぎへと変わっていきます。
この眠ることにより得られる、こういった意識的に、また肉体的に存在してくるこの行為は、科学で証明することの出来ない、最も不可思議な存在なのです。
しかしながら、眠ることによってそれが起こることは間違いないのです。
私達は、眠りの中から、この地球とか、宇宙とか、三次元とか、そういった観念をはるかに超えた、もう一つの大いなる法則が存在することに気付かされます。
要するに、それは大宇宙の創世から始まり、私達はそのエネルギーの中の一部とし、すべてが一体の中に存在し、この宇宙ができていることを、一つ考えてみてください。
この大宇宙において、人間も、非常に大きな役割を持ったパーツの一つなのです。
だからこそ、本質的な、そこにおけるエネルギー回復があるならば、私達は大宇宙のエネルギーを、眠ることにより、充電することが可能となるはずなのです。
そこを管理する、ある種の意識体の中で、私達はエネルギーを充電され、この地球で生きているのです。
ここを深く知ることが、これから大いに役立つ行為となることでしょう。
眠る行為は、大宇宙と一体化し、充電されたエネルギーは、物質社会の中で、普遍的に使われることとなるのです。
要するに、まだ形とならない、大いなる宇宙の意識エネルギーの中を、私達は泳いでいることになるのです。
それは、必然的に行われる行為であり、誰もが平等に生きることの出来る、素晴らしいことなのです。