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地球があって、太陽があって、月があって、一年というサイクルの中で、何をどう考え、どう生きたとしても、その人にとって、それは決して不利益な出来事ではありません。
自然界や神々は、人を差別することはありません。
どんなに悪人であったとしても、逆にどんなに善人であったとしても、同じく太陽は照らされ、夜の月はやさしく微笑んでくれます。
この世における自然界の現象は、すべての生きる生命にとって、常にその立場は平等であり、その光を受ける権利も、平等なのです。
万能であり全能な神は、たとえば神社に行って、深くお辞儀をし、後ろに人が待っているにもかかわらず、長い時間祈っている人がいますが、それは大変無駄な行為ではないでしょうか?
何故ならば、神は、目の前にその人がいて、柏手を打ち鳴らしたとき、もうすべての思いを神は読み取っているのではないでしょうか。
あなたが何しに来たのか、何を願いたいのか、その目の前にあなたがいるなら、神はきっとこういうに違いありません。
「何も言わなくていい。
 すべて分かっている」と。
神々に、こと細かく自分の思いを伝える必要はないのでしょう。
逆にそれを伝えようとしたならば、神はそれを、うるさく感じるかもしれません。
私達人間は、すべての自然界の恵みにより生かされているのです。
ある特殊な人が、特殊な人に、何かをしてあげる、それも変な出来事です。
光も風も、月の優しさも、すべての命に平等であり、上下関係や、肩書きに左右されず、人間であるかそうでないかは、そんなに大きな問題ではないのです。
この地球に生きる、すべての現象は平等に振る舞われ、そして、それを受ける権利も、常に平等なのです。
与えられるすべてのことを、どう受け取るかが問題であり、そのことを分かったならば、いつまでも自然の恵みを、受け続けることがすべての命の権利といえるでしょう。
その権利を放棄せず、そこに感謝を持って、自然界のすべてを受け入れたならば、いかにこの世の中が平等なのか認識することが出来ます。
五智如来(ごちにょらい)の中でも、物事は平等、すべての物事を平等に見ることが、五つの中の大きな知恵の一つだといわれています。
いかに平等に捉え、それを素直に理解するかが、大切なことなのでしょう。
不平不満は自分の中から生まれ、それを他人にぶつけることにより、全体の雰囲気を悪くしてしまいます。
愚痴や怒りも、すべて自分の中から生まれ、誰かにそれを伝えることにより、人の心を傷つけ、そこに何の満足感を得ようとしているのでしょうか?
自分の中から生まれることに早く気付き、それを自分の中で解決し、平等に与えられた権利を、最大限に受け取り、そこから生まれるものを、いかに有効的に利用するかが問題なのです。
誰もが、同じ能力を持ち、この地球に生を持ちました。
人間だけが差別や区別があるわけではありません。
畑に種を蒔いたとき、同じくその種は芽を吹き、同じ大きさで、双葉を広げていくことでしょう。
ただ大きく育つ中で、日なたを選ぶか、日陰を選ぶか、その置かれた立場の中で、どう権利を構築していくのか、また、与えられた平等性の中で、その与えられたものを、どれだけ有効的に取り入れていくのかは、すべて自由に振る舞われる、出来事の中の平等の権利なのです。
私達は、すべての権利を、平等に持っていたはずなのです。
それを失わなければ、それだけで済むことだったのではないでしょうか?
自分が苦しいときは、それに関係するほかの人達も、同じく苦しいはずなのです。
そういったことが理解できたならば、できるだけ人に優しく、そして自分を強く持っていけることでしょう。

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デルファトラ星の6人の科学者の1人です。
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