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今回の大震災により、私達は大変大きな経験をしました。
車があってもガソリンがない、水道があっても水が出ない、ガスコンロがあってもガスが出ない、こんな風に、日常生活に大きな影響がありました。
東京では、帰宅難民がこの恐怖を味わうことになったのです。
地下鉄が止まり、電気も強制的に消され、暗い夜を過ごしてきました。
今となっては、過去の出来事のようにその記憶は薄れ、なんだか他人事のようになってしまいました。
せっかく、このような重要な経験をさせてもらったにも関わらず、危機的な感覚はだいぶ薄れていったのが残念でたまりません。
このように、私達は常に、喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうのです。

しかしここで、もう一回、この起こった現象からの出来事の中で、今後の未来にそれをどう生かすのか、こんなことを考えてみたら、未来に対して不安の一つがなくなる可能性もあります。
もし地下鉄が止まったら、そんなことよりも、もし電気がなくなったら、もし水道が止まってしまったら、もしガソリンがなくなってしまったら、こんなことを重要に考え、未来を構築しなければなりません。
世界が厳しい環境の中で、今後起こらないという保障は、どこにもないのです。
もしこういったライフラインが止まったならば、どうやって生きていったらいいのでしょうか?
今の現実の中で物事を捉えようとすると、それは不可能なことと思えますが、今私達が利用しているライフラインがなかったことを、要するに、なかった時代の人達がどう生きてきたのか、そのことをもう一度学べば、少しだけ答えは見えてきます。
やはり私達にとって最も大切なのが、食べること、そして着るものであり、住む家でしょう。
大きな地震で破壊されなければ、とりあえず家は残ります。
そして家の隅を探せば、今後10年20年衣類には困らないだけの現実はそこにあります。
毎日消費してしまう食べ物、これが、一番の問題となると思われます。

今回の震災では、ペットボトルの水と、トイレットペーパーが、スーパーから消えました。
そして、乾電池が電気屋さんからなくなったのです。
それも、震災を受けなかった人達が、準備のために買い占めたものがほとんどでした。
しかしこれは、浅はかな意識に過ぎません。
何故ならば、わずかな日々を過ごすだけの、一時的な予備に過ぎないからです。
もし仮に今後、永久に電気が止まり、ガスが止まり、水道が止まったとしましょう。
もちろん会社に勤めることも、その会社自体の存在がどうなるかわかりません。
電気が止まれば、電話もかけられません、
テレビも見られません。
あらゆる情報は、入ってこなくなることでしょう。
世間がどうなっているか、全く分からなくなってしまうのです。
そしてガスが止まったら、風呂を沸かしたり、料理をしたり、そんなことも出来なくなってしまうのです。
水道が止まったならば、水を飲むことも出来なくなります。
もちろん、歯も磨けないし、顔も洗えない、味噌汁もご飯も作れなくなってしまいます。
こういった現実が、起こらないという保障はどこにもないのです。

最低限、各家庭に必要なものは、七輪であり、また火をおこすための虫眼鏡であり、食べられるものを探すための野草の本であり、水を飲めるようにするためのちょっとした浄化装置であり、家族や知り合いと連絡を取るための待ち合わせ場所の設定など、もう少し長期にわたった設計をすることが大切だと思われます。
食料は自分で確保しなければなりません。
飲み水も自分で確保しなければならないのです。
乾パンやペットボトルを保存しておいても、そんなものは何年も持つなんてことはありえないのです。
そんなときのための知識を、今少しだけ持つだけでも、安心できる材料となることでしょう。

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