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 両手を合わせ神に祈る事がよくあります。
 自分の幸せであったり、会社の事であったり、神社参りに行くと沢山の人が祈りを奉げています。世界中の人達に共通して起こる事に、祈りがあります。
 道路に跪き、一歩一歩祈りながら歩いたり、頭を深々と下げ誠意をこめ祈る現象など、世界には祈りの現象は沢山存在しています。なぜ人々は神を信じ、こんなに祈るのでしょうか。現実に存在しているのか、それすら分からないそういった人達でも、自分の為そして家族の為常に祈り続け、何事につけても祈る事により、許されたり報われたりそういった事が起こっているのでしょう。
 人間だけに与えられた権利であり行為なのかもしれませんが、世界中の多くの民族は人間である以上誰もが、この祈りの中で生きているのは当たり前の現象なのです。なぜ人間はこんなに祈るのでしょうか。どうして祈る事によって心が豊かになったり、夢が叶ったり、日本にも神社仏閣は、大変な数が存在しています。
 世界中見ても寺院と呼ばれる聖地は、どれ程多く存在しているのか、バチカンの様にそういった本部すら存在する様に、京都においても町のど真ん中に、東本願寺や西本願寺があります。多くの修行僧達もどれだけ祈りながら、今日という日を迎えている事なのでしょうか。
 神を信じ仏を信じ偶像崇拝という日本においては、諸外国では認められないそういった現状もありますが、なぜか仏像の目の前に行くと、心が洗われ手を合わせたくなってしまうのも当たり前の現象なのでしょう。
 人間だけに与えられた、心を豊かにし悲しみを和らげ願いが届くならば、祈りは人間にとって大変貴重であり、それなしでは生きられないのかもしれません。確かに人という漢字を見ると、手を合わせ祈っている形がその象形文字となっていると言われていますが、だから人という字は、両手を合わせて祈りの姿になるのですね。
 私達人間だけに起こる現象であり、他の生命体には全く考えられない現象なのです。心の中で多くの叫びを持っています。誰にも伝えられない程の、悲しみや苦しみがあります。自分ではどうする事も出来ない程の現実の中で、何かにすがりたいという思いは、人間にとってとても必要な行為なのではないでしょうか。自分で全てが解決出来るならば、そして自分の思い通りに現実が存在するならば、何も祈る必要はありません。
 しかし未来は未知的であり、確認できるものではありません。病気や怪我がいつ起こるかもしれません。だからこそ私達は祈りながら、いつまでも無事でいられる事を望むのです。そして豊かな心がいつまでも続く様に、祈り続けるのではないでしょうか。現実があまりにも厳しい現在、唯一残された方法が、神に手を合わせ願う事なのかもしれません。そしてその祈りは、必ず天に通ずると誰もが思っているのです。
 でもその思い込みが、現実のものとなる事がよくあります。そう、願いが叶う事が、結構沢山起こる現実が存在しているからこそ、世界中の人々が祈り続けているのでしょう。今この様な危機的な時を迎え、沢山の人が不安の中で生きている事は間違いありません。そしてこの地球経済がいつまでも豊かで、そして繁栄する事を誰もが望んでいるはずなのです。
 その願いが叶うとするならば、それを祈るしかない現実がここに存在しているのです。

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