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「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とか、「毒を食らわば皿まで」とか、人間の思いや感情、そして出来事の中で、あまりいい表現ではない諺(ことわざ)もたくさんあります。
そんな中でよく言われることが、「生霊に取り憑かれているんだよ」とか、「恨みを買っている」とか、また逆に、逆恨みのようなこともよくあります。
社会生活の中で、人間達が生きていく上で、誤解や勘違いや、また騙しや裏切り、色々な出来事が常日頃の中で存在しています。
自分が思い通りにならなかったとき、そしてその思いが届かなかったときに、悔しさのあまりその人を憎んだり、また逆に憎まれたり、そんなことがよくあります。
また諺の中では、罪を憎んで人を憎まずという教えがありますが、確かにその通りだと思うのです。
人の悪口を言ったり、しかも陰に回ってこそこそしながら、そんなことをすると必ずそれは自分に返っていきます。

色々な祈りの世界の中で、自分に降りかかった火の粉を払うための儀式として、呪い返しの法則が存在します。
これは大変恐ろしい儀式のように思われますが、自分の身を守るためには必要なことかもしれません。
陰に回ってこそこそ根回しをしたり、自分を正当化するために相手の欠点を強調したり、揚げ足を取ったり、色々な方法でそれは仕掛けられてきます。
そんなときに、自分の身を守る方法として、心のバリアを張ることも出来ますが、なかなかそこだけでは防御できないこともあります。
入り込まれてしまった恨みや呪いは、ある種の方法でそれを何倍にもして、送り込んだ人に返す方法があるのです。
それが、正当な恨みでなければ、たとえば逆恨みや勘違いや、そんなところから生まれたものならば、その発信源にその人のエネルギーを使って、しかも何倍にもそのエネルギーを増幅させて、返すことが出来るのです。
この呪い返しを受けた人は、自分の力によって自己を滅亡の方向へと導いてしまうのです。
解りやすくいうと、自分で自分を駄目にする、そんなことになってしまうのです。
それを世間では、自縛霊に取り憑かれると言われていますが、確かに自縛霊を送り込まれることもありますが、逆に自分が作ってしまうことの方が多いのです。

このことが解っていたならば、本当に人を恨むとか、憎むとか、陥れるとか、騙すとか、そんなことをし続けたならば、それら全ては呪い返しに合い、自分に戻ることになります。
よほどの覚悟を持ってしなければ、もちろん、生死にかかわる問題となることでしょう。
目に見えない世界のこの力は、人間達に与えられた、最も究極な能力なのです。
そしてこの力を非常に多く持っているのが、倭民族といえるでしょう。
逆にこの力を、真逆な素晴らしい方向へと利用したならば、その人の心を豊かにしたり、安らぎや思いやりを強く感じることが出来たり、そして守り合える安心の中で、生活することが出来るのです。
そして、そういった生活のことを、和の日々、要するに、日和(ひより)とか、または和み(なごみ)と表現されているのです。
倭民族は、和人ともいわれます。
私達は、そういった能力を、常に正しい方向へと使い続けてきたシャーマンなのです。
だからこそ、悪い方向に扱わないで下さい。
この力は、私達を未来に導く、大変貴重な力なのです。

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デルファトラ星の6人の科学者の1人です。
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