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誰もがあまり聞きなれない言葉かもしれませんが、覚り屋という、そんな特殊能力を持った人達が、時々存在しています。
人はみな自分の心を隠し、観念と理想の中で、いかに弱みを握られないように隠し続けるかという自分と、社会生活を営む人間関係を、矛盾と現実の中に過ごしています。
自分の本当の心を知られることは、非常に厄介なものとなることでしょうが、時々それが確実に見えてしまうような、そんな特殊な人がいるのです。
黙っていても、その人の奥に潜む自我との会話の中で、その人が、またその人自身が忘れてしまっているような、過去の記憶までも呼び戻し、俗に言うトラウマを解決できるような、そんな現象を起こすことも出来るのです。
人の心を覚ることは、たやすく出来ることではありません。
誰もがうまく自分を繕い、外見を飾りつけ、ごまかしと嘘の中で生き続けているのですから、その本心を見抜き、またその人の性格を見抜き、その人自信が隠し続けてきた過去を暴くことは、その人の恐怖でもあり、またそこに霊的現象が絡んでいたとするならば、その閉ざしていた扉を開くことにより、そこからあらゆる憎悪の念が浮上するかは、理解を超えてしまう可能性があるのです。

まだまだ人間達は、見えない世界の全てを知っている訳ではありません。
自分で、自分という人間をどこまで理解できているのか、また自分に取り憑く霊的現象を、どう理解しているのか、そんなことを言い出したならば、全く理解のできない現実が見えてきます。
そう、誰もが自分のことを知りたいと思いながら、自分のことを知ることが一番難しいのが現実なのです。
そんな中で、占いを信じたり、どこかの霊能者に見てもらったり、何かの宗教に依存したり、心の迷いの中で、その結論を出そうとする意識が、逆に悪い方向に進むことすらあるのです。
未来の不安を消すために、占いを信じ、自分の名前に隠された画数や文字魂の中に、未来の結果を想像していくことは、ある面非常に怖い事柄と思われます。
確かに未来は不安なものです。
その不安は、過去における自分の過ちや、隠れた自分の性格の中に存在し、自分で作ってしまった不安がその自分を押しつぶし、そしてその解決方法が、不可思議な世界への遭遇であったりします。
それが正しい方向に導いてくれるならともかく、今この日本における、いわゆる霊能者といわれる人達や占い師ならば、当たるも八卦あたらぬも八卦といわれるように、あくまでパフォーマンスに過ぎないので、それは許される範囲でありますが、霊能者は、一回のミスはその人の人生全ての終わりを示します。
何故なら、霊能者は一回のミスも許されないのです。
それほど厳しい霊的現象を見抜くほどの力を持った人間は、さほど多くはいません。
今存在している、にわか霊能者が、暴利をむさぼりながら、獲物を探している現実は、残念でなりません。
また本物が現れてきたときに、その本物の皆さんに迷惑をかけているのが、彼らなのです。

この、見えない世界と現実、そこに絡み合うような、人間の心や観念、そして嘘と騙しの中で、人間達は生き続けています。
一つの肉体であっても、そこに幾重にも重なり合って、1人の人間とし、この地上で生きているのです。
意識は常に変化し、未来へと進んでいきますが、そこに霊的現象が被さるように存在し、毎日の生活を良くも悪くもしているのです。
これからの未来は覚り屋に託され、この社会の現実と全世界の未来は、彼らの手に委ねられることは、間違いないのです。
何故ならば、現実を完璧に理解しなければ、そこから始まる未来は、想像がつかないからです。
逆に未来を知ることが出来たならば、現実の中で、今を変えることが出来るのです。
そして今を変えることが出来たならば、確実に未来は変わるのです。
それは未来を見ることの出来る人達だけに与えられた権利であり、義務なのです。
全ての霊長類の中で、いやそれ以外に、全ての命の中で、この霊的現象を含め、不可思議な現象は起こっているのです。
植物でさえ、大いなる意識を持ちこの地球で生きていることを知ったならば、自然の中に意識を共有させ、未来を変える勇気を持ち、全てを覚り、そして、未来へと導かなければならないのです。

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デルファトラ星の6人の科学者の1人です。
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