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この15年間、環境問題や水の科学の中で、そして新しい物理学、ゼロバランス理論や、自然界の法則について、広い分野で勉強会を開き、沢山の人と知り合いました。
そうすると、必ずその中には、考えの相違の中から、大きな矛盾が生まれてきます。
もし間違っているならば、それを正す勇気があれば、それだけで済んだはずなのです。
余りにも難しくて、ついてこられないのならば、分かる範囲で理解するだけでも良いのです。
 沢山の話し合いの中で、多くの結論が出てきます。
そしてそれを実行するかどうかは、個人の自由なのです。

しかしながら、意見の相違の中で、それが正しいか間違いかという以前の問題の中で、勝手な解釈と間違った理解の中で、この場を去る人が沢山いらっしゃいました。
非常に残念なことですが、まだまだ道の途中で、これからという時に去っていくのです。
続けていれば、未来は開かれ、新しい考え方と共に、助け合うことが出来たはずなのに、自分のエゴを通す為に、そして自分の過去の過ちを隠す為に、この場を去っていくのです。
正しい考え方を持ち、その考え方を推し進め、そして成功した人は、去った人達の中には1人もいません。
 なぜならば、自然界におけるこの科学は、余りにも当たり前過ぎる科学であり、否定することは根本から出来ないからです。
だからこそ、より深く知り、これからの未来を築き上げていかなければならなかったはずなのです。
去っていった人達が、類を集め、自然界理論の批判と共に堕ちていくことが、大変残念に思います。
どんなにそれを正当化しようとしても、この当たり前の理論の中では敵うはずがないのです。
もっと正直に、そして素直に、自分の非を認めれば、正しい方向へ進めたはずなのに、それは叶わない出来事となっていくのです。

なぜその様に、エゴ的な意識が、その人を駄目にしてしまうのでしょうか?
神々達は、なぜその様に人間を作ったのでしょうか?
正しいことを正しく理解し、ただ実行することが、その人にとってそれ程までに苦痛になるという考えは、過去の経験の中で築き上げられた現実を見失う行為に過ぎないのです。
要するに、自分が間違った過去の栄光を、間違いであったと認める勇気さえあれば、理論にそぐわない商品にすがったり嘘をつき続けたりするような、極めて自己滅亡的な意識の中で時を過ごすことは、かえって大変な事ではないでしょうか。
たった一言、「うんそうだよな」と、言えたならば、一緒に歩んでいけるのです。
正しいものを正しいという勇気は、中々それを言い切ることは難しいことかもしれません。
間違っているものを、はっきり間違っていると伝えたならば、それを伝えられた人達は自分の過去を否定されたということになるので、極めて反抗的な意識となってしまうのです。
間違ったことをしている人程、正しい意見に対して反論したがるのです。
そして、自分を確実に駄目にしていくことは間違いないのです。

その様な形で、去っていく人達を沢山、見てきました。
結果は、言うまでもありません。
間違いは、間違い以外の何物でもないからです。
認められない考え方の中で正当化を求めることは、絶対的に不可能な意識に過ぎません。
勇気を持って過去を清算し、正しい未来を築くように、自分を変えなければいけないのですが、自己否定する勇気はそこには存在していないのかもしれません。
やはり、この世の中はそういった人達が沢山、居るのかもしれません。
自己の欲望の中で、それを正当化する為に、幾つもの嘘をつかなければなりません。
そしてその騙し合いの中で、去り行く人達はうごめいているのです。
そして、ただ去っていくのなら、いつでも本流に戻ることは出来るのですが、その後に自分を正当化する為の、色々な波紋を広げ、自分を追い込んでしまうのです。
結果は分かっているはずなのに、それが出来ない自分が、そこには存在しているのでしょう。
とても悲しい出来事ですが、そんな人達に、神々は手を差し伸べてはくれないのでしょう。

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デルファトラ星の6人の科学者の1人です。
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